散文誌

日記・小説

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お題「許す」

――私がコレと呼ぶ男と話すようになったのは一月前のことだった。
 コレは俗に言うストーカーと呼ばれるモノで、金髪碧眼の私に興味を抱いたのだろう、ク
ラスに馴染めない私を遠くから観察していた。絶対に接触はしてこない。なぜなら、コレも
いじめられっ子で、わたしもいじめられていたからだ。
 
――私はアメリカから日本に渡ってきた外国人で、半年前に私立香坂高校に編入した。
 父がアメリカ人、母が日系アメリカ人の子供として生まれた私に、アジア人的な外見の特
徴はなく、見た目は完全に白人であった。それは母が日系とはいっても、クオーターだから
だろう、と父が言っていた。事実、写真の中の母は日本人には見えない。白人とアジア人の
混合が生み出したアンバランスな人種だ。しかし、日本語は上手だった。それは母方の祖父
の影響もあり、私は幼い頃から日本語を教わってきたのだから、それも当然である。けれど、
言語を扱えるからといって、まったく違う環境の同い年の人間たちとコミュニケーションを
上手にとれるかといえば、そうでもない。第一に外見の違い。これは自惚れではなく、客観
的事実としての自己評価だけれど、私は美しいのだ。そのおかげで、わたしは転校して数日
はちやほやとされていた。しかし、知ってはいても、使い慣れない言語と、アメリカ人とし
ての仕草と日本人としての仕草の違いがハナにつくと、一部の女子が私の美しさからくる嫉
妬からだろう、やっかみだし、いじめがはじまった。
 最初は小さなことだった。
 教科書に悪口を書かれたり、体操着が水浸しになっていたり。彼らは間接的にいじめを敢
行した。
 そして私はそのいじめに抵抗してしまったことで、ピラミッドの最下層へと転落してしま
ったのだ。
 素直さはときに民衆の怒りを買う。私は、自身の美貌に絶対の自信があった。少なくとも、
この学校のなかでは、私が一番美しいと断言できるだろう。その肥大した自意識が、私に言っ
てはならないことを言わせた。
 ブスをブス呼ばわりすると、大抵の者は怒りに顔を染める。それが事実だったとしても。
私にとって些細な諍いが、醜いアヒルの子たちの態度を硬化させ、そして、いじめは直接的
に行われるようになった。
「キモ」
「ばーか」
「臭いんだよ」
 そのような取るに足らない罵倒を無視していると、今度は物を投げてくるようになった。
あるときはチョーク、あるときは黒板消し。それでさえ、私に期待したとおりの反応がない
とわかると、奴らはコレをぶつけてきた。
 コレは私と同じいじめられっ子である。身長はそこそこあるものの、その中身はガリガリ
で体力がなく、イヤらしい口から漏れる言葉は吃音がひどく、聞き取りがたい。顔はにきび
だらけの、一目で嫌悪感を抱くような男だった。
 コレは奴らに囃し立てられ、私に恐る恐る接近してこようとする。私はコレがそばによる
こと自体、イヤだったので、奴らの計画は成功した、といえよう。
 しかし、私がコレの目――ビクビクしながらこちらを窺うコレの目に、慕情のような淡い
光――を見たとき、稲妻のように脳天にある計画が生まれた、と同時に、私は密かにほくそ
笑んだ。なぜなら、奴らに対して、最高の仕返しを思いついたから。
 私は怯えるコレの手を取り、教室の外へと連れ出した。背中には罵倒の声。振り返ると、
コレの怯えに引き攣った顔に、はにかむような表情が一瞬、浮かんだ。
 このときから、私とコレの報復が始まったのである。


――女性にとって、最大の侮辱はなんなのか、私は考える。甘いやり方でネチネチといたぶ
るよりも、一気に最大限の復讐を果たしたい。私が味わった辛酸の何倍もの復讐。それには
どうしたらいいか。答えは既に頭の片隅にあった。やりすぎなんじゃないか、とも思う。で
も、私はちまちまといたぶるような陰険なやり方は嫌いだ。なにより十数人ものターゲット
がいるのだ。やるなら一度きりのほうが面倒もないし楽だ。撮影用のカメラと、人気のない
場所と、コレ。条件は満たしている。私は決意を固めた。あとは、誰を最初のターゲットに
するか。それももう、半ば決まっていた。コレがストーキングしている女だ。どうやら思い
を寄せているらしい。あの女のモノなら、何でも収集しようとするキチガイにほれられて、
あの女も気の毒だけど、自業自得というものだろう。ただ問題は、コレがあの女に対して危
害を加えられるのかどうか、だが、それも多分大丈夫だろう。何せストーカーだ。精神異常
に決まっている。あの女を自由に出来ると説けば、説得はたやすいだろう。従わなければ変
態の所業を暴くと脅すまでだ。一連の復讐を想像すると笑いがこみ上げてくる。私はもしか
すると邪悪な人間なのかもしれない。いや、そうだろうか。むしろ邪悪なのは、人の痛みも
分からずにいじめをして悦に入る女なのではないのか。やはり女は邪悪な存在なんだ。だか
ら私が分からせてやらないといけない。たとえそれが悪魔的行為だとしても。


――「うっ、うっ、うっ」
 使われなくなって久しい旧校舎の一角にある、薄暗い体育倉庫のなかで、人の姿をした一
組の動物が交わっていた。体育用具の放つ独特な臭いと、動物共が放つ激臭が混ざり、混沌
としたその空間に、畜生の浅ましい息遣いと鳴き声が響く。
 私はマットの上で繰り広げられるその光景を見ながら、報復を遂げた喜びを感じるのかと
思っていた。けれど、心にあったのはただ、汚らわしい、という気持ちだけだった。
 ネットなどで見たセックスの模様も、想像していたものと間逆で、ケガラワシイモノに映っ
たけれども、今、眼前に展開されている生の行為は、それを上回るものだった。
 ううう、と、コレがくぐもった声を漏らすと、腰の動きがとまり、あの肉と肉が叩き合う
不快なリズムが終わりを告げた。
 報復の対象となった少女はコレから身を離すと、うずくまったまますすり泣き始めた。浴
びせてやろうと思っていた罵倒の言葉は、喉を通らなかった。ビデオレコーダーを止め、う
ずくまる女に向けて何かいわなければならないのだが、言葉が出ない。なぜか鈍磨する頭に
聞こえるのは、うずくまる少女に語りかけるコレの声だった。
「あっ、だっ、だいじょぶ、ですか?」
 つい先ほど自らの手で少女を陵辱したレイプ魔は、中腰になった腰から奇妙なほど長い男
性器をブラブラさせながら、優しげに語り掛けていた。
 コレの手が少女に触れるたびに、少女はビクっと今できうる最大限の拒絶を示していた。
しかし、コレにはそれが面白いらしく、やたらめったに少女の身体を突き回す。その度に少
女の身体がビクビクと動き、陸に上がった魚のようだった。
 私はやりすぎてしまったのだろうか。復讐の一歩目から、既に憎悪は哀れみに変わった。
これからもっともっと、私をいじめた奴らをコレに陵辱させようと思っていたのに、踏み出
した足は後ずさっていく。もういい。もう止めよう。そうやって傾きかけた天秤を振り戻し
たのは、うずくまった少女の声だった。
「絶対に許さないから。うちのパパは警察の偉い人と仲がいいんだから。あんた達なんか、
あんた達なんか」
 泣きはらした女の顔から漏れる報復の声。怯えた目の奥にちらちらと瞬く怒りの光。その
様子を見るに、反省の二文字はどこにもないことは明白だった。やはり女は邪悪なのだ。猿
でも出来ることを、女は出来ない。哀れみの心は瞬く間に憎悪へと変わった。
「そんなことしたら、どうなるか分かってるでしょ? このビデオを全世界にばらまく。そ
れでもいいの?」
「出せるもんなら出してみなさいよ。それこそ、あんた達の終わりよ」
 唇を戦慄かせながら女が言う。その様子に、かつての母が重なった。どうして。どうして、
と。
「本当にいいの? 一度ネットに流れれば、一生残るんだよ? 将来、結婚しようとすると
き、相手が君の名前で検索したら、このビデオが出てくる。それでもいいの?」
「いいわよ。できるもんならやってみなさいよ。名前なんて、変えれば解決よ」
 口の減らない女の顔は喋れば喋るほど気を持ち直していくようだった。唐突に怒りがこみ
上げてくる。私はコレに女をはたくよう命じた。コレの骨ぼったい手が女の顔をなぶり、バ
シンと耳心地のよい音とともに、女の口から血が漏れ出る。罰を与えたという悦びもつかの
間、またしても憎憎しい顔から減らず口が飛んできた。
「絶対に許さない。絶対に許さないから」
 恐怖と怒気がないまぜになった女の顔は醜悪そのものだった。その顔に再び母の顔が重な
る。そんな格好、絶対に許さないわよ、と。
「許さない、か。これは君の問題じゃない、私の問題なんだよ。もとはと言えば私がこんな
ことをするのは君達のせいなんだ。陰険ないじめが被害者に与える心の傷について、思いを
馳せたことないのかな? 自分には何の非もないと思っているのかな? ここまでされるい
われはないと――」
「うるさいうるさいうるさいっ! オトコのくせに、わたしわたしって、あんたキモチ悪い
のよ。それがハブられる原因でしょ、この変態」
 怒りに顔をゆがめた女と母が重なる。あんたはオトコの子なのよ、オトコの子なのよ――
「黙れ黙れ黙れっ! 私はオトコじゃないっ! 女性なんだっ! この身体は間違って生ま
れてきたんだっ! 私は女性なん――」
「あたまおかしいんじゃないのあんた。どうみてもオトコじゃん、この変態」
 女の口元に嘲笑が浮かぶ。私は怒りに身を任せて、コレに命じた。もう一度、いや、なん
どもやれと。女の口から悲鳴が漏れる。その様をみるにつけ、心を満たす愉悦に、私は我を
忘れた。


「それで、そのあとは?」と、目の前の、生活にくたびれたような刑事が聞いてきた。私は
肩をすくめて、「見回りに来た先生に見つかって、警察呼ばれて、ここにいます」と答える。
これで三度目の事情聴取だった。いい加減、私もこの刑事のようにくたびれてくる。
「どうしてこんなことをしたんだ?」
「私はいじめを受けていました。これはその復讐です」と、三度同じ答えを返す。
「君と安藤君がしたことはあまりにもひどい。たとえいじめの復讐だとしてもだ。邪悪な行
為だと言っていい。君はそれを分かっていながら犯行に及んだんだね?」
「そうです。何度も言ったとおり、私は、私の受けた屈辱を何倍にもして返したかった。で
もねえ刑事さん。女なんていうものは、押しなべて邪悪な存在なんですよ。許す、許さない
なんて問題じゃない。動物には躾けが必要なように、私は女に躾けを施してたんです。それ
だけ、それだけの問題なんですよ」


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お題『犬』 オチ投げやりんぐ

「もう、ニュート君暴れないでって言ってるでしょ」
『ふざけるな蓉子、俺様はそんなモノ身につけんぞ、断固だ、徹底抗戦を宣言す――』
「んしょっと。はいできました、ほら、鏡で確認してみて、プリティーよニュート君」
 目の前の鏡には、前肢の腋を両側から抱えられて、宙ぶらりんのプードル――もとい、
俺様が映っている。胴体には抵抗空しく着させられたピンク色の服が、俺様の白色の毛並みに
映えている、ように見えるのは、さすがは俺様といったところだろうか。う、美しい――と、
いかんいかん、流されてはならん。この圧倒的暴力のまえに、不甲斐ないことではあるが、
成されるがままなのだ。だがしかし、いい加減この馬鹿者に分からせねば、俺様の体面が危ない。
『聞け、脳足リン! 次は、次は必ず阻止してみせると、俺様はここに宣言する! いいか、
いつまでもおまえのいい様になっている俺様ではないぞ! 次こそは必ず! かならずぅ!』
「あら、今日は一段と吼えるのは、ニュート君もそう思うからかしら? やっぱり? フリルも
付いてて、ほんとにもう可愛いったらないわ」
『くっ、なんだそのにやけた面は! 俺様を舐めるのも大概にしろよ!』
「こーら、嬉しいからって、そんなに暴れないで。とりあえず、今日は運動するんだから、
軽めの食事を取っておきましょうね」
『ふん、食事ごときで俺様を懐柔しようなど、甘く見られたものだな。……まあ、一応何の
食事か見てやるか』
 暑苦しい服にイライラしながら蓉子のあとに付いて行く。蓉子はキッチンの棚から食パンの
袋を取り出すと、一枚、二枚とトースターに入れた。どうやらバターを塗った食パンが軽めの
食事ということらしい。
「はい、ニュート君。たーんとお食べ」
 蓉子はそう言って食パンの袋から一枚取り出し、皿に載せ、俺様の前に置いた。これは一体
どういうことだろうか。俺様にはバターは必要ないとでも? ふざけた女だぜまったく。まあいい。
運動することは事実なのだから、食事をとって体力をつけておかないとな。ここは我慢だ。
だがなぜドッグフードじゃダメなんだ? やはり人間の考えることはよく分からんな。
 チーンと甲高い音がして、トースターから食パンがほんの少し出てくる。蓉子は一枚だけ
取ると、バターを塗り、ハムを載せたあと、もう一枚を取って重ねた。なんということだろう。
まさかハムをはさむとは思わなかった。俺様にはただの食パンを出し、自分にはバターを
たっぷりつけたハムトーストを出すとは、この女には驚かされるぜ。俺様に愛情を持って
いるのなら、ハムの一枚ぐらいくれてやってもいいではないか。そう思うと無性に腹が立ってきた。
『コラ蓉子! 自分だけそんな贅沢なトーストを作り、俺様には素の食パンを与えるなど
ナメるのもいい加減にしろよ! だいたいおまえは俺様を甘く見ている! プードルは元々
狩猟犬として育成されてきた、立派な眷属であるのに、その血を引く俺様を貴様は――』
「もう、うるさいよニュート君。ハムが欲しいの? しょうがないなあ、ほら」
 蓉子はそういってハムを一枚、俺様の皿に乗せた。ハムだ。うすい肉だが、これがなかなかうまい。
まあいいだろう。許してやるよ蓉子。ただし、次はないぞ? よおく覚えておけ。
「はいニュート君、最後の一枚も食べて」
 差し出されたハムにむしゃぶりつく。うまい。やはり肉はいい。俺様の身体に力がみなぎって
くるのがわかるぜ。肉こそ至上の食物だ。
「さっ、そろそろ出発するわよ」
 ふん、どうせいつもの散歩コースだろう。近所の公園を一・二週して帰って来る、お決まりの
パターン。いい加減ほかのところにも行って見たいものだが、これは貴重な楽しみだからな、
我慢せねばなるまい。なにせ俺様が俺様であることを、満天下に知らしめる絶好の機会だからな。
太陽が、土が、緑が、俺様を呼んでいる声がするぜぇ。くっくっく。
 蓉子に連れられ家を出ると、真冬の凍えるような冷気が、俺様の身体を撫で回した。さっ、
さみぃじゃねえかこの野郎。心なしか蓉子に着させられた屈辱の烙印が暖かい――だなんて思う
俺様じゃないぜ、なぁにこのぐらいへっちゃらさぁ、自由の大地目指して、いざ出発ぅっ!
「うぅーさむいっ。やっぱ止めにしようかニュート君」
『……あ? 今なんつったん――』
 俺様の必死の抵抗をもかえりみず、蓉子は強引に俺様を家へと連れ戻した。バタン、と無常の音が
響く。今日もやはり散歩には行けなかった。くっ、悔しいですっ!!


ここで手記は終わっている。ニュートがっくし、蓉子てへぺろーんである。

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お題『急加速』

「もうこんなこと、やめよう、やめようぜ」
 タカシがそう、俺に懇願する。しかし、今更やめるわけにもいかない。残りの
人生を獄中で過ごすなんてまっぴらだ。強盗。人質。殺人。たとえ死刑を免れても、
終身刑は免れない。逃げるしかない。逃げるしかないんだ。
 深夜二時。道路を爆走しながらどこへ向かうともなく逃げる。聞こえるのはタカシの
すすり泣きと、追ってくるパトカーの音。捕まれば人生の終わりだ。なにせ、人を
殺したのだから。それが故意じゃなくても、俺たちの判決は人生の終わりを告げるもの
だろう。だから、逃げるしかない。でも、一体どこへ? どこへいけば、俺たちは
安全なのだろうか。時効ってのが何年なのかさえ知らない。とにかく、捕まれば俺たちは
終わる。あてもなく逃げ惑う俺たちにとって、それだけは確実なことだった。
「いいかげんシャキっとしろやタカシ。捕まれば終わりなんだからよ」
「でももう無理だよ。パト振り切れないし、人殺しちまったし。どうしようもねえよ」
「あれは――」事故だった、と言っても、俺たちがどうなるわけでもない。タカシが
人質を殺しちまったのは確かなんだから、事故かどうかなんてこと、いまさらどうでも
いい。要は、捕まったらおしまい、ってことだけだ。
「腹、くくれよタカシ。やっちまったもんはしょうがないだろ。捕まれば終わりなんだ。
今は逃げるしか手がねえんだよ」
「だけど、だけどさ、俺は本気で殺す気なんかなかったんだ。あの野郎が暴れるから、
暴れるからよぉっ! ちくしょおっ!」
 人質の男は今時珍しく正義感に溢れた野郎で、銀行を襲ったときも、俺たちの人質に
なってからも、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい臭い言葉で説得してきた。それに
腹をたてたタカシがこづいた時にひと悶着がおき、タカシがものの弾みで拳銃の引き金を
引いちまった。殺したことにビビッて使いもんにならなくなったタカシを連れて、俺は
銀行を飛び出し、今まで逃げ惑っている。金は取れず、人は殺し、逃走中の凶悪犯。それが
俺たちだった。
『――とまりなさい、とまりなさい』
 パトの警官が繰り返し呼びかけている。いつの間にか距離を詰められていたらしい。
このままじゃ捕まっちまう。だけど豚小屋に入る気もてんでない。どうすればいいのか。
一体、どうすれば――。
「――なあ、リュウジ。し、死なねえか?」
「死にたきゃてめえ一人で死ねよ。だいたい、おまえがヘタこかなきゃこんなことには
ならなかったんだよボケ」
「そうだけどさ。このままじゃどうせ捕まるだけだぜ。捕まれば死刑にされちまうかも
しれねえ。死刑じゃなくても、終身刑とかよ。リュウジ、俺は刑務所になんか入るぐらい
ならいっそこのまま死にてえ、死にてえよ!」
 そうかもしれない。ムショに入るぐらいなら死にたい。それは俺も同じだ。あの窮屈で
自由のない空間はこりごりだ。だけど、死ぬとなると話は別だ。死にたくはない。今は、まだ。
「なあリュウジ。死のうぜ。もうだめだよ。死のうぜ、リュウジィ……」
 死にたくはない。けれど、豚箱はこりごりだ。あそこは死も同然。逃れるためにはどう
すればいい。どうすればいいんだよ。
『君たちは包囲されている。とまりなさい、とまりなさい』
 依然として警察どもの追っ手は付いてきている。ほんとかうそか、包囲までされている
らしい。山沿いの峠道の先に、パトの防波堤でもつくりやがったのか。もう、終わりだな。
「なあリュウジ、死のうぜ、なあ、リュウジぃ」
 タカシは涙と鼻水でひでえ顔を俺に向けて哀願する。そうだな。もう、その手しかないかもな。
 カーブを曲がり終えた先に、煌々と照らされた防波堤のようなモノが見える。左側には暗闇の
底が横たわる崖。俺は意を決して、アクセルを踏み込み、ハンドルを切った――。
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お題『魔法少女』

――しっかりと現実を直視して、問題に取り組まなきゃ。君はそれが出来る人なんだから。
 そう、あの男が言った。その言葉はわたしの幻想を打ち砕くきっかけの道しるべだった。
――これを飲むといいよ。毎日、お父さんの看護で疲れてる君の役に立つはずだ。
 手渡された錠剤を、わたしは何の疑問もなく受け取り、飲んだ。わたしの中で彼はもう、
信頼に値する人間だったから。
――あんた、直之を頼りすぎじゃない? 直之はあんたの彼氏じゃないのよ。それに、その
服。いい歳したおばさんが、そんなフリフリの服を着て恥ずかしくないの? 鏡を見て見な
さいよ、化け物。
 そう、あの女が言った。女の言うとおり、鏡には生活に疲れ果てた中年のおばさんがいた。
わたしは思った。違う。これはわたしじゃない。だってわたしは魔法少女なんだもの。これ
がわたしのはずがない。なにかの間違いだ。間違いに決まってる。わたしを見るな。おまえ
なんかがわたしのはずがない。違う。違う。
――啓子、どこに行ってたんだ、もう気持ち悪くてかなわんよ、早くおしめを取り替えてくれや。
 そう、父が言った。骸骨のようにやせ細り、皺くちゃの干からびた人間。これがわたしの
父。わたしを魔法少女にするためにその身体を生け贄とした父。――現実を見ろ――脳裏に、
あの男の声がこだまする。飲み下した錠剤が、わたしの魔法を解こうとする。これが、現実?
これが、わたしの人生? じゃあ、わたしは一体なんのために生きているの。わたしは父を
一生看護するために生まれてきたんじゃない。こんな、こんな現実なら――。
「いらない」
あの男と女のまえで、わたしはそう呟く。二人の驚いた顔。わたしは振り上げた包丁を、
躊躇いもなく振り下ろした。こんな現実、もういらない。
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お題『アンドロイド』

 かちかち、とブラウザ上をクリックして、ニュースなどのトピックスを見ていく。
パソコンを買ったころからのこの習慣は六年後の今でも続いていて、大してニュース
などに興味もないのに、ついつい見てしまうこの癖は、自分でも不思議で仕方がないの
だがやってしまうものはしかたない。逆にやらなければ変な感じがしてイヤな自分がいる。
そう、これはもう俺にとっての儀式であって一日のリズムを刻むためには通過しなければ
ならない一つの通過点なのだ――。なんてことを考えながらニュースの欄を眺めていると、
ある記事が目にとまった。

>『青少年厚生施設会館』が開講、最先端の技術であり媒体であるアンドロイドを君に!

 なんて書いてある。読みすすめていくうちに、要約がわかった。つまりはこうだ。
一に、ニートや引きこもりの支援施設であり、ニに、生活必需品とまで化したアンド
ロイドについての講義を受けられる。三に、その本講卒業者にはなんと大手メーカーの
社員としての道も用意されている、ということらしい。いつものごとく、胡散臭い記事
ではある。しかし、俺の目を惹いたのは、無料、という二文字だった。
 タダに勝るものはない。しかも寝食付きで専門講師から実践技術を学べる。これほど
うまい話があるだろうか? ないね。ない。でも、もし裏があったら――。
 そんな思考を遮るように、ポーンというシステム音が鳴り、メールが届いたのが
分かった。開いてみると、俺にとっては毎度おなじみミンクからのメールで、早速
メールを開いてみる。するとそこにはこんな文章が書かれてあった。

>もう会議始まってるけど、まだ来ないの? てか寝てんの?

 いつもながらミンクのせっかちな所にちょっとイラっとしつつも、すぐ行くと返信する。
スカイプを立ち上げると、ものの数秒でコール音が鳴り響いた。どんだけせっかちなんだよ、
と思いつつ、ワイヤレスマイクを耳にかけ、通話に出る。
「おせーぞユウ、いつまで寝てんのぉ? 日本人の癖に時間も守れないとか終わってるし」
 そうそうにミンクの、女にしか出せないあの、なんというか表現しづらいヒステリックな
感じというか、とにかくそんな特有の、小ばかにした言い方にイラッとする。
「まあまあミンクさん、遅れたって言っても五分ぐらいじゃない。めくじらたてないたてない」
 ナイツさんは打って変わって気が小さそうな、優しいお兄さん的な声。もう2年ぐらいの
付き合いになるが、怒った声を聞いたことがない、温厚な人だ。泣き声はあるけど。
「そお? まあ、ナイツさんがそういうならいいけどさぁ」
「あーもう、朝からうるさいんだよおまえは。その口調直さないといつまで経っても処女の
ままだぞ。あっ、そのまえにデブだから相手にされないか」
「はぁ? マジむかつくんですけど。チョベリバなんですけどぉ?」
「死語使ってんじゃねーよババア。羊水と一緒に脳細胞まで腐り始めてやがんのか。
時代に取り残され、売れ残るミンクばあさん哀れ合掌、チーン」
「合掌とかウケるんだけど! つかなになに、ユウ君はぁ、もしかしてっつうかifっつうかぁ?
わたしにぃ、こ~い~しちゃったんだったぶん? きづいてな~いでしょぉぉぉ?」
「は? ありえないから。その足りない頭で考えてみろよ。俺と、ふん、おまえが? つきあっちゃう?
確立を? A~han?」
「おまっ――」
「はいっ! そこまでっ! それ以上いいっこなしっ! じゃないと僕もう帰るよ」
「ごめんナイツさん、ミンクがいつものやつやんないと調子でないらしくてさ」
「それはアンタでしょ! いい加減にしろよっ!」
「はいはい、僕がわるうございました、ミンクお嬢様」
「……うむ、わかればよろしい」
「ふぅ。さ、いつものつまらない夫婦漫才が終わったところで、今日の会議、何するか覚えてる?」
 会議。そういえば何の会議だっけ。そもそもこの会議って何で始まったのか一瞬わからなくなる。
「あれでしょ、あれ。ほら、あれよあれ」とミンクがおいおいオバちゃんじゃねーかと突っ込みたく
なるようなオバさん定型文ベストスリーみたいな事を言い、呆れ、まあミンクなら仕方ないかと独りごちる。
「……ミンクさん、もしかして、覚えてない?」
「いやや、覚えてるんだけどね、そのぉ、あの、言葉が出てこないのよ、これが不思議なことに。
なんだったっけなあ、ユウ?」
「実は俺も覚えてない、ごめんナイツさん」
「……そ。まあ、なんとなく予想はついてたけど、まいっか」
「おkおk、後ろを見てもしょうがないよ、前だけ上向いてあるいてこっ!」
「おまえが言うと説得力ないけどな。で、忘れててなんだけど、今日の会議なんなの?」
「……今日の会議はね、僕たちニートが、いつこの環境から自立への道を辿れるか、その方法を
話し合う会議、だったんだけどね」
「あー、そうそう、そだったねぇ。でもウチ、やっぱりまだコワいなあ、働くこと」
「ああ、もちろんいますぐ、というわけじゃないんだよ。ただ、いつまでもこのままじゃいけないし、
いつかは自立せざるをえない状況になると思うから、その前になんとかしよう、ってことだよ。
そもそも、僕たちがこうして話してるのって、対人恐怖症で、人と話すのが苦手だったから、それを
克服するためにはじめたものだったじゃない? それで、僕がこういうのもなんだけど、話すことに
関してはみんなわりと慣れたんじゃないかなと思うのね? だから、これを機に、どんなカタチでも
いいから、一歩、踏み出してみない? っていう会議だったんだけど……、ユウはどう?」
「んー。俺は賛成かな。いつまでもこうして話してても、前には進めないしね。怖い気持ちはあるけど、
二人が一緒ならさ、なんというか、頑張れる気がする、かな」
 本音に触れると、やっぱり緊張は隠せなかった。外へ出て、何かをする――そう考えるだけで、胸が
ドキドキする。でも、俺にはミンクとナイツがいる。口には出せないけど、二人にはすごく感謝してる。
顔も知らない二人。mixiの同市内ニートのコミュで知り合って、早二年。この二年間の付き合いで、多少、
友情、なんてものが俺の中に生まれ始めている。そのことを悟られたくなくて、俺は二人にそっけなく付き
合っているけれど、二人はそれを当然のように向かい入れてくれる。地獄だった高校生活、死にたかったあの頃。
俺が今生きているのは、二人がいるから。そう言っても、過言じゃない。二人には絶対に、いわないだろうけど。
「うん、そうだね、三人一緒なら、大丈夫だよ、きっと」
「そだね、ウチもそう思うよ」
 照れくさそうに、ハニカミながら言う二人の顔が想像できて、ちょっと微笑ましかった。なんだか、幸せ、
ってこういうことなのかな、なんてクッサイ言葉が浮かぶ。
「それでね、僕、まずはボランティアから始めたらどうかと思うんだ。公園の清掃とか、海岸の清掃とか。
話の出所は引きこもり支援の人で、ほら、前に入らされそうになったときから、知り合いなんだけどね。
その人がうちにこの前来て、ボランティアはどうか、って話を聞いたんだよね。まだ返事はしてなくて、
僕、二人が行くなら行こうかなと思うんだけど、どう、かな?」
 ちょっとした逡巡。いくか、いかざるべきか。俺は二十歳で、二人の本当の年齢は知らないけど、ナイツさんは
話し方とか、物腰の柔らかいところなんかを見て、もうすぐ三十ぐらいなんじゃないかな、と思ってる。
ミンクは俺と同年代だろうか。女はよくわからないけど、ミンクがはじめて自己紹介をしたとき、二十三歳、
デブだと自己申告したことから、俺は事あるたびにデブと意地悪を言ってしまう。だからだろう、俺の中の
ミンクのイメージは、ボッチャリとした女性の人、でしかない。声以外深くは知らない、いってみれば声だけの関係。
その希薄さと居心地の良さは、風が吹けばすぐにキレそうでヤワな関係だけれど。それでも、仲間がいるという
安心感と、話す相手がいる楽しさは、俺にとってもう、かけがえのないものになっていた。
「なんかこうして言うのも照れるけどさ、まあ、うん、踏み出そうぜ、俺たちの一歩を」
「ユウもたまにはいいこと言うじゃん。うんうん、踏み出そうよ、一歩を」
「そうだね、踏み出そう、僕たちの一歩を」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 この暮らしをしてから分かったことが二つある。仕事はコミュニケーションであり、生活も、コミュニ
ケーションである、ということ。俺たちニートが親に対して申し訳なくなればなるほど、親との間の壁は
どんどん高くなり、絶壁になったところで、親とは無視する関係になってしまう。同じ屋根の下に住んで
いるけれど、家族じゃない、他人のような存在。血のつながりなんてどこへやら、結局、人と人を結びつけるのは、
お互いが歩み寄ろうとするコミュニケーションなんだな、と思う。ミンクやナイツの家庭がどうなっているのか、
実際に知らないし、言わないだろうけど、なんとなく、同じなんじゃないかな、って思う。程度の差こそあれ。
 だから、会議が終わった後、普通の人たちが夕食と呼び、俺たちは朝食と呼ぶモノを食べているとき、ふと
思ったんだ、見方を変えれば難しいことも、簡単に思えるモノなんだな、って。人と人の関係って、実は
単純で、そんなに深く考えるほどのものでもなくて、俺たちが変われば、物事はスムーズに進むんだろうなって。
でも、そんなに簡単に変われるなら、俺たちは存在していないわけで。
 考えても仕方ない。行動しなきゃ変われないんだから。それを、ミンクとナイツが教えてくれた、というか、
目を開かせてくれた。今まで決して見ようとはしなかった尾根の先。そこに立てたら、俺たちは変われるんだろうか?
俺たちは、幸せになれるんだろうか?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――ちょっっっっっと! マジ、で、きつ、い……」
「辛いなら休憩していいんだよ、ミ――、ちゃん」
 ミンクが左右の肉をぶるんぶるんと揺らしながらラジオ体操を踊っている様は、滑稽で笑いそうになったけれど、
ミンクの辛そうな横顔を見てたら逆に可哀想になってしまった。そのミンクに大丈夫だよと笑いかけるナイツ。
 二人を初めてみたわけだけれど、不思議と違和感がなかった。想像通りの人というか。ミンクはボブカットで
丸顔のちっちゃなデブで、その肥えた肉体をピンクのジャージの下に隠していた。痩せれば可愛いだろうな、と思う。
口の悪い女はアイムソーリーだけれども。ナイツは気のいいおじさん、って感じで、眼鏡にポロシャツ、ジーンズに
通した身体は骨ガラみたいな、絵に描いたような気弱なリーマンって感じ。初めて会ったのに緊張はしなかった。
やはり、この二年間の付き合いは無駄じゃなかった。俺たちの間には、気安い友人という空気が流れている。
ミンクはスカイプで話していたときと同様、同じテンション。ナイツは――どもってる。緊張してるのかな。
 俺たちが今いる場所は市の中でも一番でかい公園の中の草原広場で、これからボランティアの一環としてゴミ拾いを行う予定だ。
総勢三十名ぐらいの人たちと行動を共にするのは久しぶりのことで、不安と期待が半々? みたいな、なんか
表現しにくい気持ち。俺たちみたいなタイプの人もいるみたいで、横目で観察してるんだけれど、よくわからない。
実はニートって、話したりしてみないと分からないものなのかもしれない。
「――あの、ねえ、ゆ、ユウ君?」
 ナイツのひそひそとあたりをはばかるような声に振り向くと、なんだかどうしていいかわからないような顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、その、いまさら、なんだけどね。僕たち、名前、どうしようか」
 名前。確かにそうだ。俺はユウだからまだしも、ミンクとナイツはハンドルネームだから呼びにくいだろう。
なぜ事前に気づかなかったのか。やはりニートになると脳細胞もニート化するらしい。
「あ……。と、とりあえずナ、ナ、ナ、ナナセさん、でどうですか?」
「あ、いや、僕はその、ほんと今更なんだけど、ホンダ、っていうんだよね。それで、知り合いの人と話をしてるから。
ユウ君はそのまま、ユウ君、でいいんだけれど、あの、それで、彼女……は?」
 ミンク。俺たちの小さな悩みもなんのその、たかがラジオ体操でヒィヒィ言ってる女。こんな女を見ていると、
人間ってほんとに種族がいっぱいだな、なんて思うんだけれど、それはおいておいて。名前、か。ミンク、ミンク、ミンク、
ミンク。逆から読むとクンミ。クミでいいか。こんな女にはこれで十分だ。
「クミ、とかどうですか?」
「あっ、うん、そうだね、それでいこう。クミちゃんには僕から話しておくから」
「はい」
 ナイツは早速ミンクに向かってひそひそと「きみ、なまえ、くみ、になったから、あの、ここだけの名前だけど、よろしくね」と
つっかえながら言っていた。ナイツはホントに気が小さいんだな、と思う。俺はミンクを見た瞬間から下に見てるけど、
ナイツの中ではまだ同等らしい。びっくりさせたら死んじゃいそうなノミの心臓。ナイツは果たして笑って死ねるのだろうか?
「――はい、一、二、三、四っ! 終わりーっ! みなさんおつかれさまでしたー」
 進行役なのだろうか、元気はつらつなおばさんが腕を高く上げると、周りのみんながさぁっと集合していく。俺たちもそれに続いた。
「はい、みなさん、ラジオ体操おつかれさまでしたっ! 今日これから行うボランティア活動は、公園内のゴミ拾いです。
一人ずつに可燃、不可燃のゴミ袋と、トングをお渡ししますので、しばらくおまちをぉ」
 おばさんは脇においてあった大きなカバンからゴミ袋とトングを取り出し、参加者に配り始める。
「――っふううううう……。ラジオ体操って、意外ときついんだね」
 ミンクが一目もはばからず、はあはあと肩で息をしていて、こいつはほんとに対人恐怖症なのかと思ったけれども、
多少の齟齬ぐらい、二年の付き合いなんだから水に流してもいいか。
「あっ、ユウ君、クミちゃん。今日は僕ら三人行動だから、他の人と一緒にはならないから、安心してね」
 ナイツがそう言うと、ミンクは当然のような顔でありがとうをいい、俺は――ナイツがミンクをちゃんづけで呼んでることに、
なぜかすごい違和感を感じていた。なんでだろう?
「はいこれ、あなたの分ね。頑張って公園を綺麗にしましょうねっ!」
 にこやかに、そして元気にはきはきと喋るおばさんを見るのは小学校以来で、少しばかり萎縮したけれど、俺は
どうどうと道具を受け取れた。そんな自分に満足する。小さいなあ、とも思うけれど、リハビリと思えばいい。これは
俺が真人間になるためのリハビリなんだ。そうだ、リハビリだ。レッツ・リハビリ。
「クミちゃん、ユウ君、あっちから行くことになったから」
 ナイツの指差す方向は、遊戯広場で、子供たちが多くいる場所だった。さすがにこんな朝早く――といっても午前十時――には
いないだろう。子供なんてウザったい奴らの相手なんて死んでもしたくない。俺は高校受験以来、神に祈った。
「クミちゃん、どう? だいじょうぶかな?」
「あっ、うん、もうだいじょびだよっ! いやぁ、久々に身体動かしたら体中がビキビキいっちゃって、死ぬかと思ったっ!」
 あと一万回ぐらい死ねばちょっとはマシになるかもなぁ。
「そうだよね、長い間身体を動かしてないと、そうなっちゃうよねぇ」
 ナイツの語尾が延びた。なんでだろう。
「ウチ、ほっんとに久々だったからさぁ、ほんと死にそうだったもんホント」
 ホントにこいつはほんとを何回言うんだろうホントに。
「うんうん、分かるよ、僕もそうだったから。急に身体を動かすとね、筋肉がビックリしてね、肉離れを、あの、
起こしちゃうかもしれないから、あの、ホント変な意味じゃないんだけどね、その、マッサージ、をね、あの、や、やろう、か?」
 ナイツが顔をヒクヒクニヤニヤさせながらミンクに言う様は、なんと言えばいいだろうか、鯉が餌欲しさに水面に顔を突き出している、
そんな様、だろうか。傍から見てる分にはおもしろい画だけれど、当人は必死すぎて気づいていないこの変な空気。ミンクが少し気の毒になった。
「えぇぇぇぇ~、う~ん、でもぉ~」
 満更でもなさそうなミンクが媚態、ん? 媚態、でいいんだろうか? とにかく、媚態を羞恥心もなく曝け出している。
「うん、その、抵抗あるのはしょうがないと思う、僕、男だからね。でも、ほんと、決して、そんな変な気はいっさいないから、安心して、ね?」
「う~ん、まぁ、ホンダさんがそういうなら、ねぇ~?」と、俺になぜか同意を求めてくる。なんなんだろうこいつらは。
「あ、じゃあ、足からやるから、ちょっとうつ伏せで寝転がってくれる?」
「もぅ~、ホンダさんに押し切られちゃったぁ? うつぶせですかぁ~?」
「うん、その、楽、な、ね、姿勢で、いいから。ね?」
「はぁ~い、こうですかぁ~?」
「うん、それで、いいよぉ。じゃあっ、はじめるねぇ」
「やだぁなんか照れるぅ~」
「ほら、じっとして、ね? よしっ、はじめるからねぇ」
「うふふふふ、よろしくおねがいしますぅ」
 ナイツの手がボンレスハムに伸び、ボンレスハムをニギニギしたり撫でたり。ピンク色のボンレスハムが凹んだり片寄ったり。
キャッキャウフフ、みたいな漫画的形容詞が似合いそうなワンシーン。俺はそれを一メートルと少しぐらい間隔を空けて見ている。
ナイツとミンクの至福そうな顔。顔。顔。
 俺は一体、ココに何をしに来たんだろう?



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 かちかち、とブラウザ上をクリックして、ニュースなどのトピックスを見ていく。
パソコンを買ったころからのこの習慣は七年後の今でも続いていて、大してニュース
などに興味もないのに、ついつい見てしまうこの癖は、自分でも不思議で仕方がないの
だがやってしまうものはしかたない。逆にやらなければ変な感じがしてイヤな自分がいる。
そう、これはもう俺にとっての儀式であって一日のリズムを刻むためには通過しなければ
ならない一つの通過点なのだ――。なんてことを考えながらニュースの欄を眺めていると、
ある記事が目にとまった。

>『青少年厚生施設会館』廃講へ 無料という言葉の甘い罠!

 はて、なぜか見覚えのあるニュースがある。気になったので記事を読んだところ、次のような内容だった。

 ニートや引きこもりの支援施設であり、就職支援でもあった当館は、とんだ詐欺施設であった。
ニートや引きこもりなどの、今や社会現象とまで言われる社会的弱者を相手取り、”授業”は無料、という
甘い蜜で客を引き寄せ、受講契約後に高価な教科書や機材などを売りつけていたことが、○○によって判明された。
被害総額は延べ一千万円ともいわれており、今後こういった犯罪の模倣犯が現れるかもしれず、差し伸べられた手が
実は罠だったとならぬよう、市民の皆様にはよりいっそうの自己防衛の必要がでてきており――。

 とんだ馬鹿な親もいたものだ。こんな単純なロジックも見破れずに、わが子を更生させようなどと片腹痛いわけで。
そもそもこんなくだらない詐欺に引っかかる親だからそんな不肖の子を育ててしまうんだよな。他人に預けて更生するとでも、
ホントに思ってるのかねぇ? そもそも――。
 そんな思考を遮るように、ポーンと聞きなれた電子音が鳴り、メールが届いたのが分かった。早速開いてみると、
こう書いてある。

>今何時ですかぁ? ねぇ、時間も守れないの? 小学生なの? ねぇ?

 リンゴから催促のメールが来た。でも用件が書いてないから一体何の時間なのか分からないんだよね。
どうして女ってやつはこう馬鹿なのかねぇ? 俺のAndroid携帯のほうが頭いいんじゃね?
 ため息をつきながらスカイプを立ち上げると早速コール音が鳴り響いた。
「もしもし――」


【完】
Category: 小説  

お題「チーズ」

 星を見るとチーズを思い浮かべる。空というパンに散りばめられたチーズの星々。暗い路地に身を潜め、
待ち人のわたしは、チーズについて思いを馳せた。誰もが耳にした事のあるこの発酵食品は、様々な製造方法により、
そのバリエーションは多岐にわたる。健康食品としてのチーズであったり、料理のスパイスとしてのチーズであったり、
ひとえにチーズといっても、奥が深い代物なのだ。
 加工ひとつで味もカタチも変わる、千の顔をもつチーズは、わたしにとって最高の食材であり、嗜好品であった。
チーズを食べ続けるうちに、わたしの中である一つの欲、希望が浮かび上がるのは当然である。もっと美味しい
チーズが欲しい、もっと奇抜なチーズが欲しい、と。
 そしてわたしはその奇抜で美味だと噂の、あるチーズの製造方法を手に入れることに成功した。それはとても
難しく、また、いまの地位、身分を守るためには、罪を犯さざるをえない方法でしか手に入れられないものだったが、
そんなものはチーズに魅入られたわたしにとって、路傍の石のように些細な問題であった。要は見つかりさえしなければよいのだ。
露見すればつかまり、法で裁かれるだろう。しかし、それは捕まった場合の話であって、捕まらない確信があるのなら、
罪を犯すことに躊躇などしないとわたしは考えている。人類みな兄弟とは建前であって、そんなことを本気で信じている
輩などいやしないだろう。法に穴があり、どうしても欲しいものがあるのなら、わたしは犯罪を犯すことをためらわない。たとえそれが、凶悪なことであろうとも。

 チーズに出会い、その味の虜となったのはいつ頃だったろうか。元々わたしは、チーズなどの醗酵食品が
嫌いであった。それは、子供の頃に食べさせられ、以後目にするのも嫌なあの納豆といわれる腐れ豆のせいであった。
グロテスクに変色した大豆と、あの独特な臭いは、いい歳になった今でも、見るのも嫌な代物である。
だから、わたしがチーズを始めてみたとき、納豆と似た製造方法と、その独特な臭いから、これはダメだと、
食わず嫌いで過ごしてきたのだが――ああ、あれはいつ頃だったろうか。確か中学のころだと思うが、そう、
あの年代にはよくある誰かをちゃかしてはその様をみて笑う、といった行為に、しばしば夢中になるものである。
かく言うわたしもその一人で、友人の苦手なものを見つけては、度々目の前にかざしたりしてその嫌がる様を
楽しんだものであった。そしてわたしも度々いやがらせに晒されたのだが、そのときの一つに、チーズがあったのだ。
ぼやけた記憶を手繰るに、そのときわたしはある賭けに負け、罰として指定されたものを否が応でもやらなければ
ならない立場に立たされていた。そして出てきたのが、コッペパンにサイコロチーズをまばらにまぶしたもので、
それはその日の給食のパンだった。友人は目ざとく、わたしがパンを残したのを訝り、看過したのであろう、
わたしがチーズを苦手であることを。そしてパンをわたしの目の前にかざしたことにより、その疑いは明白なものとなった。
いやはや、そのときのわたしはなかばパニックに陥っていたと思う。
なにせ、わたしはチーズを食ったことがなく、もし、あの見るのも嫌な納豆と同じような代物だったとしたら、
などと考えると、その危惧はわたしの脳を侵食し、逃げろ逃げろと周波を送ってはわたしを参らせたモノだ。
しかし、あのころのわたし、いや、あの年代の少年となると、くだらない、ちっぽけなことでも、生き死にの
場面、とった具合に自尊心の塊であるから、当然わたしもその自尊心を守るべく、チーズを恐る恐る食してみたのだった。
パンを口に含み、友人たちがにやにやと見守る中で、わたしは実におかしなことに、呆けた顔をしていたように思う。
食わず嫌いで通してきたチーズは思いのほか、いや、しびれるような美味しさだったのだから、それも当然である。
 それからのわたしはチーズのとりことなり、チーズを追い求める人生を送ってきた。ナチュラルチーズだけでも
十を超える種類があり、その他におよべば、膨大といっても過言ではない種類にのぼる。
チーズ。それは好きではない人間にとってはただの食品の一つでしかないだろう。だが、わたしにとっては、
人生を彩るために必要な主役であり、花形なのだ。

 回想の終わりを知らせるように、コツコツとヒールの音を響かせて、この薄暗い路地へと入ってくる者がいた。
エモノだ。わたしのチーズを新たな境地へと導いてくれる素材が、わたしのほうへと向かってくる。不思議と緊張は
しなかった。ヒールの規則正しい足音は、エモノもまた、緊張とは無縁だと知らしめてくれる。それも当然だ。
この路地はエモノが毎日帰宅路に使う道であり、それはもういうならば勝手知ったる我が家のようなものだろう。
しかし、今日は違う。エモノは、自販機の陰に隠れたわたしに気づいてはいない。わたしは黒い服で身を包んでおり、
自販機の光の影に潜んでいる。そんなとき、人は影に注意を向けはしない。光が影を蔽い隠し、エモノの目を欺くだろう。
そして、背後から近づくわたしに気づかず、くもの巣にかかったエモノは捕食される運命なのだ。この世は弱肉強食であり、
弱きものは搾取されて当然なのである。それが、自然の摂理なのだ。
 コツコツと、ヒールの足音が徐々に近づいてくる。一歩、また一歩と。エモノがわたしの前を過ぎた瞬間、
わたしは陰から身を翻し、エモノに向けて手を振りかざした――。

 我が家の地下室はわたしの愛しいチーズを練成する場と化している。ここは色々なチーズを、様々な方法で実験し食すわたしの
憩いの場だ。そこへ、首尾よく捕らえたエモノを連れ込み、あらかじめ用意しておいたベッドに紐で括りつける。わたしよりも
大柄なエモノを運び入れるのには苦労したが、まあしかたのないことだ。わたしの条件に合う女性は、エモノである彼女以外
見当たらなかったのだがら。
 わたしが鈍器で殴った頭からはまだ血がこびりついていたが、もう出血はしておらず、血は凝固したようだ。
エモノにはしばらく生きていてもらわなければならない。ここまで順調に計画は進んでいる。あとは、エモノから
目的のモノ――母乳を捻り出し、それを醗酵させてチーズを作るのだ。そう考えると、にわかにわたしのボルテージは
上昇し、今にもエレクトしそうであったが、ここは我慢せねばならない。早まり、事をしくじってはこれまでの苦労が水の泡なのだから。
 わたしは高揚した気分を落ち着かせるため、今宵は寝ることとし、明朝、作業に取りかかる事にした。と、その前に、
エモノに猿ぐつわを噛ませることを忘れてはならない。寝ている間にぎゃあぎゃあと騒がれて事が露見する、なんて
馬鹿げた失敗はしないように、わたしはエモノの口にしっかと猿ぐつわをかませ、地下室をあとにした。

 明朝。目覚めたわたしを待っていたのは、えもいわれぬ高揚感であった。それは子供の頃、遠足に心をわくわくさせていた
童心のような、うきうきと心躍る感覚だった。わたしは朝食もそこそこに、いそいそとエモノのいる地下室へと足を向けた。
 地下室には窓がないため、電灯をつけなければ昼でも漆黒の闇に閉ざされている。わたしは電灯をつけたとき、エモノが
どういった反応を示すのか、内心興味津々であったが、残念なことにエモノはまだ夢の中のようだ。反応はなく、昨日と同じく、
ベッドにくくりつけられたエモノは意識を失っているように見える。いや、まさか死んでいるのではないのか……? 
不安に駆られたわたしは、急いでエモノの傍へと駆け寄り、脈を計ろうとした、そのとき――エモノが猛然と暴れ、なぜか
自由になっている片足をわたしに向かって蹴りだしてきた。
 エモノは女性にしては大柄で、小柄なわたしよりも身長があった。わたしよりも体積の多い身体から繰り出されたケリは、
見事にわたしの横腹を打ち、わたしを悶絶とさせた。痛みに呻くわたしを尻目に、エモノは括りつけていたはずの手足の紐を
手に、わたしの首へとその魔手を伸ばそうとする。わたしはパニックと痛みによって正常な思考はどこへやら、ただただ逃げる
ことだけしかできなかった。そこへ追い討ちをかけるような一蹴りが繰り出され、わたしのあバラを砕いたかと思うような、強烈な
リバーへの衝撃は、わたしの動きを止めるのに十分な威力だった。
 エモノはその隙を逃さず、わたしの首に紐をかけ、きりきりと締め上げてくる。わたしは死に物狂いで紐をはずそうと、エモノの
苛烈な行為を止めようともがくのだが、わたしよりも大きいエモノはわたしの反攻を凌ぎ、さらに首への圧力を加えてくる。
ここで、わたしは死ぬのか。ここで、こんなところで、わたしは――。

 目覚めたわたしを待っていたのは白い壁に白いベッド、それらを囲むように白いカーテンであった。
消毒の臭いに満たされたそこは、病院であった。白。白。白。病院とはなぜこんなにも白一色なのか、などと考えていると、
わたしを見に来たのであろう看護婦がわたしの起床を知ると、そそくさとどこかへ去り、いくばくも立たぬうちに
グレーのスーツに身を包んだいかにも刑事でござん、といった風情の中年の男がわたしの前へと来るなり、身元確認を
おこなった。いわく、わたしの名は、わたしの名前で間違いがないか。いわく、わたしの家は、わたしの住所で間違いがないか。
そして、女性を拉致監禁したことに間違いがないか。わたしはその刑事の質問に一切答える気はなく、ただ弁護士を呼んでください、
と繰り返すだけであった。

 そしていま、わたしはいわゆる豚小屋と呼ばれる留置所にいる。私選弁護士の言い分では、わたしの有罪はほぼ間違いないそうだ。
裁判までの日々を、わたしはここで過ごしている。わたしのあとにここへ厄介になってきた中年の親父は、チンケなスリ泥棒の
ようだったが、わたしの暇を潰すいい道具である彼に、わたしはその醗酵したかのような口臭から、ジョゼとあだ名をつけ、
折ある毎にジョゼと豚小屋で話に花を咲かせていた。

「――とまあ、わたしの顛末はこの通りだ。万全に思えた計画でも、穴はあるものだなと今更ながらに気づかされたよ」
「ふーん、どぢ踏んじまったなあお宅。あのときこうしていれば、なんて後の祭りだけどさ、あんたの話を聞く限り
ほんと、いまひとつのところでぽしゃったのは惜しいことだよなあ」
「そうだな、運命にもしもはないけれど、思いを馳せることをとめることはできないな。無駄だと知りつつも、あのとき
こうしていればと、悔やまない日はないよ」
「まあそうだろうなあ。わしもよくあるからわかるけど、あんまり考えないほうがいいぜ、精神衛生上、な。ところで、
なんであんたはわしをジョゼと呼ぶんだ?」
「……君はナポレオンを知っているかい?」
「なんだそれ、スパゲッティの話か?」
「ふふ、いや、違うよ。でも、知らないならそのほうがいいこともあるけれど……まあ、君はこの豚小屋で唯一の話し相手だし、
教えてあげてもいいかな。そもそもジョゼというのはね、ナポレオンの――」



Category: 小説  

お題「玉手箱、ポスト

 僕の家から五分ほど歩いたところにある、公園の一角には、もう使われていないポストが
ある。赤い塗装は所々剥げ、むき出しの鉄を晒したそのポストには、ある噂があった。
 事の始まりは僕の友人であるAのふとした呟きからであった。
「公園のポストに、夜な夜な近づいては何かをしている怪しい人がいる」
 Aの家は公園の真向かいで、二階にあるAの部屋からは公園が見渡せる。当然、ポストも
視界に収まる、といった構図だ。かぐる日、Aは受験勉強もひと段落ついたところで、ブレイク
タイムとしゃれ込み、コーヒーを飲もうと思い立ったそうだ。階下のリビングにいき、
コーヒーメイカーから香り立つ濃厚なブラックコーヒーを入れ、自室に戻ったAは、窓辺に
よりそい、空を眺めていた、という。そして、Aは見てしまった。公園の一角、物置小屋の
横にぽつんと置かれた古びたポストに、誰かが近寄り、なにやら怪しげな動きをしているところを。
一体、何をしているのだろうと興味を引かれたAは、その怪しげな人物に気づかれぬよう、
カーテンの陰から目を覗かせ、窺っていた。最初は、ただの酔っ払いだとAは思ったようだ。
なにせ、身体がゆらゆらと揺れ、足元が定まらない様子だったそうだから。そうしてしばらく
覗いていると、その怪人物はポストを開け、中から何かを取り出した、という。
 Aからはその取り出したモノがどういった代物か、ようと判別できなかった。ただ、それが
どうやら箱のようなものだと分かったのは、怪人物がその物体の上部を上に上げるような動作を
したからだった。そこからは、夢や幻、といった類の胡散臭い話になるかもしれない。
なにせ、Aが見たのは、その箱のようなものから黒い煙が立ち上り、怪人物を包んだと思った
瞬間、その怪人物が消えうせた、というのだから、おかしな話である。
しかし、長年の友人であるAが、そのようなくだらない嘘をつくとも思えず、僕は半信半疑ながら、
Aの話を笑い飛ばした。
 それからしばらくしてからの、学校からの帰り道、いつも僕はその公園の前を通る
(Aといつも一緒に帰っているのだから当たり前の話)のだが、その際、ちょっと寄って調べてみようと、
Aとともに公園の中へと足を踏み入れた。
 この公園は、公園といっても小さなもので、砂場と滑り台がちょこんと申し訳なさそうにあるだけで、
あとは直径10メートルもない広場があるだけだ。その広場の隅に物置小屋があり、さらにその横隅に、
例のポストがある、といった感じである。
 ポストの前に立ってみて、僕はこのポストのささくれぐあいに少し嫌なものを感じた。
それはAの話を聞いたせいかもしれない。だけど、どこかそのポストには、なにか得体の知れない存在感の
ようなものを、見るものに感じさせるような不気味さがあった。
赤い塗装が所々はげ、むき出しの鉄を晒したそのポストは、一見、なんの変哲もない、もう用済みのポスト
のように思えたが、ポストの中央にある、管轄地域を示す欄には、こう書かれていた。

『○○町~桃源郷行き』

 ○○町とは、言うまでもなく僕らが住む町の名前だ。しかし、桃源郷とはなんなのだろうか。
そのような地名が実際にあるとは思えないし、また、僕らが知り得るかぎりの地名を思い返してみても、
桃源郷なんて地名はなかったはずだ。じゃあこれは一体なんなのか。よく見てみると、桃源郷行き、と
書かれた文字は比較的最近書かれた様子で、まだ風雨に晒された文字によくある、ささくれた部分は見当たらなかった。
だとすると、これは誰かが上から書き直したのだろう。でも、一体何のために? あるはずのない場所を
示すことに、何の意味があるのだろう。普通なら、ただのいたずらで済ますようなことだ。
しかし、いたずらにしてはどこか引っかかるものを感じた。それは、Aから聞いた話のせいかもしれないし、
そのポストが放つ存在感のせいかもしれなかった。とにかく、僕はそのいくぶん真新しい文字に、違和感を感じたのだ。
それはAも同じだったようで、しきりに首をひねっている。とにかく中を調べてみようと、
Aが言ったので、僕はポストの裏側に回り、中を開けようとした――のだが、しっかりと錠が締まっているようで、
取っ手のレバーはびくともしなかった。
これではどうしようもない。僕はもう半ば興味をなくし、Aに帰ろう――そう告げようとした矢先、Aが突拍子もないことを
言い出した。
「……手紙、出してみようかな」
「はあ?」と、僕はAの行為に呆れたものの、Aの顔には真剣な表情があり、ちゃかせない空気を感じた僕は半ばやけくそでこう言った。
「なら、出してみれば? 時間の無駄だとおもうけどね」
 僕の言葉に、Aは軽くうなずくと、そうしてみる、といいざま、足早に公園の向かいの自宅へと歩き去っていった。
僕はAの様子に呆れるとともに、Aが見せた真剣な表情が物語る、使われないポストに手紙を出すという行為に、
どんな意味があるのか、不思議に思うだけであった。

 明朝、Aは挨拶もそこそこに、手紙を出したことを僕に告げた。その顔はどこか期待を思わせるわくわく感があり、
僕はまた妙な気持ちになった。手紙が届くというあてでもあるのかと、Aに聞いてはみたが、Aは思わせぶりな顔を
におわすだけで、何も言わなかった。その秘密主義に、僕は軽い苛立ちを覚え、それからはあのポストがらみのことは、
自分からは一切口に出すまい、と決意した。

 平凡な日常、繰り返されるかのような反復行動。あれから僕の日々にはこれといって目立つような出来事はなく、
Aともあのポストの話をしないだけで、いつもと変わらぬ日々を過ごしていた、そんな矢先の出来事だった。
Aが失踪したのは。
 Aが消えた――そのこと自体は、最初はただの親子喧嘩の末の逃避行だろうと高をくくっていたが、それが一週間、
二週間と続くうちに、ただならぬことが起きたのだと、僕にもようやく実感できた。
 まず頭に浮かんだのは、あのポストのことだった。Aは手紙を出し続けていたのだろうか? そのことを
調べようと、A宅におじゃまし、Aの部屋を見させてもらう機会を得た。
 Aの几帳面な性格が表れたような、とてもかたずいた綺麗な部屋は、その主人がいないことを嘆いているのだろうか、
どこか侘しさを感じさせた。その感覚に僕はどこか嫌な気持ちになり、それを吹き飛ばすように、
整理整頓された机をかき回し、探した。しかし、ない。どこにも、手紙のようなものはなかった。
だが、考えれば当然のことだった。Aがあのポストに手紙を出したといっても、それが届くとか、ましてや返信が
返ってくるなど、あり得ぬことなのだから。じゃあ、Aはなぜ、どうして失踪なんてしたのだろう? 
 帰り際、Aの母親にAの近況を聞いてみたところ、なにか問題があったとか、そういう風なことはなく、
いつもどおりのAだった、という。しかし、なにやら毎月のように送られてくる手紙のことを、私たちに見せる
ことのないよう、ひどく警戒しているようだった、と話してくれた。
 帰り道、僕は不気味な懸念を押し殺すことが出来なかった。あのポスト――Aが手紙を出したあのポストからの
返信の手紙が、Aに届いていたのだろうか? しかし、Aの部屋にはそのような類のものは見当たらなかった。
Aが届く毎に始末していたのだろうか? あのポスト……とにかく、Aの失踪には、あのポストが関わっていると、
僕はあたりをつけた。そしてその日から、僕の情報収集が始まった。下は幼稚園児から、上はおじいちゃんおばあちゃんまで、
あの公園によく出入りしていると思われる人々に、僕はそれとなく聞いて回った。あのポストのことを。
 それによると、あのポストがいつからあったのか、誰も知らず、気づけばそこにあったのだという。
たしかに、知らぬ間に気付けばそこにあった、といったようなことは、往々にしてよくあることだとは思う。
例えば、通学路の大通りには、いつの間にかこじゃれたカフェが出来ていたし、クラスメイトのだれそれが
だれそれと付き合った、破局した、というようなことは、普段目にしていないだけで、注意を向ければあることに
気づくものなのだ。ポストも、その類なのかもしれない。しかし――。

 僕はいま、あのポストの前にたっている。辺りはすでに暗闇に包まれていて、公園のちっぽけな街灯では
公園全体を照らすなんてことは不可能だった。薄暗い公園の済みに置かれた赤茶け、錆びれたポスト。
僕はいまそこに、手紙を投函しようとしている。考えれば馬鹿な話だ。使われていないポストに手紙を投函するなど。
しかし、僕は試してみたかった。いや、試さざるを得なかった。Aはなぜ消えたのか、Aはなぜ手紙を投函したのか。
その答えが、手紙を投函することによって明かされるんじゃないか、そんな期待があったからだ。
人っ子一人いない、薄暗い公園の隅にたつポストと僕。これから起こることに、半ば期待と恐れを抱きながら、
僕は手紙をポストに投函した。そして僕は、決して踏み入ってはいけない世界へと、足を踏み入れてしまったのだった。


Category: 小説  

お題 渓谷  落ちなげやり

 福岡県大野城市の油山には、森を切り開いて作ったキャンプ場がある。
平面積二十平方メートルのキャンプ場の脇には渓谷があり、夏になると
家族連れが渓谷の川原で水遊びを始めたり、魚釣りを楽しんだりする、
自然に満ち溢れたキャンプ場だ。去年の夏も例年通り、家族連れや学生
たちが訪れ、にぎやかな夏となった。
 キャンプ場の管理人、新谷司は、六月の初旬になると、ここ油山キャ
ンプ場へと出向き、久しく使われていなかったロッジや調理場の清掃を
受け持っていた。油山の所有権を持つ大和建設会社からの出向で、
キャンプ場周辺の森林地帯の管理を任されている。始めの頃は新谷以外にも
数人いた管理業務は、会社の業績に比例して、一人減り二人減り、いつしか
新谷だけが、ここ油山キャンプ場を管理するただ一人の社員となった。
 半年以上使用されていなかったキャンプ場は、風雪により年々傷んで
いく一方で修繕もままならなかったが、立地条件の良さから利用客は
一定の数を保っていた。
 しかし、今年の夏は違った。いつもなら空きが必ずあるのに、夏の間中予約で
埋め尽くされたのだ。
それにはこんなはいけいがあった。ここのキャンプ場は夏以外は閉められ、
利用は出来ないようになっていたのだが、毎年、安息の地を求めるホームレスで
一杯になるのだ。所有者である大和建設はホームレスを追い出しにかかったが、
人権団体から抗議され、事を大きくしたくない会社側は目を瞑ることにした。
そういうわけで、夏以外はホームレスの聖地となっていたのだ。
 そんなおり、去年の冬頃油山に奇妙な噂が流れ始めた。なんでも、
キャンプ場脇の渓谷に、幽霊が出るというのだ。油山はうっそうとした森に
包まれている。ここを最後の地としやってくる自殺者は度々発見されていたが、
幽霊が出るという噂が出るようなことはなかった。なにしろキャンプ場は広く、
脇には清水が流れる渓谷があるせいか、森に囲まれているとはいえ開放感が
あり、それゆえ、油山で自殺者が出ても、ここのキャンプ場ではあまり問題視
されていなかったのだ。
 しかし、である。そのキャンプ場で、幽霊話が出た。当然、その目撃談は
ホームレスなのだが、それがまた奇妙な話であった。
 ある冬の夜、ホームレスの一人が湯たんぽにお湯を入れるため、川に水汲み
に行ったところ、月明かりに照らされた渓谷の水平線に、なにやら動くものを
見たという。動物だろうかと、ホームレスは警戒しながらそのかすかな姿に目を
凝らしていたが、どうもおかしい。見ていたところ、その姿はある一定の動きを
していたからだ。奇妙に思ったホームレスは、近づいて正体を確かめようとした。
月明かりが仄かに照らす川原を、ゆっくりと近づいていく。やがてはっきりと
見えるところまで来て、ホームレスはまたまた奇妙だと想った。その姿は
人間の男であり、なにやら先端のとがったもので、ある一本の木を彫っている
ようであったからだ。月明かりに照らされたその男の顔は若くもあり、年老いて
も見えた。真剣そのものの目が、木を打つ道具に注がれ、こつんこつん、と、
音をたてる。一体、なにを彫っているのか興味が沸いたホームレスは、そっと
近づいて見ようとした。ところが、風ひとつ吹かない渓谷の中で、男の砂利を
踏みしめる足音は響いた。その音に気づいた男が振り返り、ホームレスを一瞥
して、こう言ったという。「見たな。殺さねばならん」と。男の殺気立った様子に、
腰を抜かしたホームレスは、脱兎のごとく逃げ出した。息も絶え絶えにやっとのことで
キャンプ場についたホームレスが振り返ると、男は最初見たときと同じく、水平線に
ほのかに姿を照らし、一定のリズムで木を掘っているようであった。
 その晩、ホームレスは仲間を起こし、今見たもの聞いたものを打ち明けたが、
一笑に付されてしまった。そらおまえさん、幽霊でもみたんじゃねえかと、仲間の
一人がはやし立てる。憤ったホームレスは、なら見に行こうと、仲間を誘って見に行った
ところ、その姿はもうなかった。ほら、やっぱり幽霊だったんだよと言う仲間を
あとに、あの木のところへ行って見たが、やはり誰もいない。はて、夢でも見たのかと
ホームレスが訝ったとき、雲間から覗いた月の光が、男の彫っていた木を、
闇に浮かび上がらせた。それは’人間’だった。等身大の木にしては小さな木は、
手を左右に奇妙に捻った人間の女の型に彫られていた、という。それからというもの、
夜になるとこつんこつん、と木を打つ音が渓谷に響き、朝になると人型に掘られた
木が見つかった。ホームレスたちは恐怖を感じたが、しかしこれといって害はないので
そっとしておいた、という。
 それが、奇妙な噂の全貌であった。新谷司は、夏の間だけ引き上げるホームレスの
一人から、その話を聞いたのである。内心、いい気持ちはしない。なにせ夜にだけ現れ、
朝になると影形もいなくなるというその男は、奇妙であり、不気味であった。
出来れば目を瞑りたいところではあったが、このキャンプ場を管理している身の上としては、
そのような男を野放しにしておくわけにはいかない。客が来てからでは遅いのだ。
今のうちに、その奇妙な男を放逐しなければなるまい。そう考えた新谷は、一人、キャンプ場で夜を待った。梅雨時のまえに、この件を処理してしまわねばならない。なぜなら、
梅雨が明けるとともに、利用客がやってくるからだ。そのまえに放逐してしまわねば、
管理人としての職を追われるかもしれない。新谷はその晩をまんじりとして過ごした。
手元には懐中電灯と警棒があり、持ってきたラジオから流れる音声を聞き流しては、
渓谷からの音に聞き耳を立てていた。
 新谷がうつらうつらしはじめたころ、渓谷に、こつんこつん、と何かを打つ音が
聞こえ始めた。はっと意識を覚ました新谷は、懐中電灯と警棒を手に、渓谷の川原へと出た。
こつんこつん、と何かを打つ音が渓谷に響く。その音は思いのほか大きかった。
これでは利用客から苦情が出るだろう。新谷は意を決して、音がするほうへと向かった。
川原の水平線に、人間の姿が見える。新谷は小走りに近づき、その男の前で足を止めた。
「ちょいとおまえさん、こんな夜中になにをしとるんだね」
新谷が呼びかけると、男はゆっくりと振り返りこう言った。
「見たな。ならばころさねばならん」
 男の焦点の合ってない目には、どこか気狂いの光を帯びていた。
「こ、殺すなどとんでもないことを言いなさんな。わしゃここを任されて二十年になる
管理人だよ。別にどうこうしようってわけじゃない、落ち着いて話し合おうじゃないか」
 新谷の呼びかけに、男はほうけたようにぼーっと新谷を見ていたが、ふと新谷の顔に
焦点が定まると、強烈な眼差しを向けこう言い放った。
「天から啓示が、いま我の心にこうせよと語りかけた。いでよ地獄のバスよ!」
 男が天空に手を翳すと、漆黒の黒煙が集まり、そこから蛇の形をしたバスが現れた。
新谷は声もだせず、腰を抜かした。これは夢だと想おうとしても、現実として目の前に
蛇のカタチをしたバスがある。新谷は恐怖で身動きが取れなかった。
「やれ、地獄の蛇バスよ。その哀れな男を連れ去ってしまえ」
 男の声に、蛇が大きな口をもたげ、新谷を飲み込もうとする。気絶する間際、
新谷は見てしまった。暗い暗い口内の中に、地獄の亡者たちが手を伸ばし新谷を
引きすり込もうとしているさまを――。

Category: 小説  

sex 添削

 人は見たいものを見て、嫌なものには見向きもしない生き物だ。現実よりも理想を追う
悲しい生き物。自己の欲求に忠実な目で物事を見、ときには絶賛し、ときには酷評する。
 目の前の男も、きっとそんな愚かな生き物の一人なのだろうか。
「ぐふふふ、可愛いなあ、名前は何て言うのぉ?」
 整髪料を付けすぎたのか、テカテカとした七三分けに、度が強すぎるのか豆粒といって
差し支えないほど小さな目は黒縁眼鏡越しに私を見ている。正直、こういった手合いには慣れたつもりでも、時として吐き気を催すことがある。この油染みたオスも、その例外ではなかった。
「うふふ、なんていう名前だと思う?」
 にっこり笑ってそう問いかけてやると、男は待ってましたとばかり、さもうれしそうに口を開く。
「ルイズだね? ああルイズルイズゥ~」
 外国人の名前を、これみよがしに連呼するこの男の醜態ときたらどうだろう。もしも人間博物館があったとしたら、この男は間違いなくそこに入れられるはずだ。日本の恥部という題で飾られた男に、外国人は興味津々で眺めることだろう。そう思うと笑いがこみ上げてきて、ついクスっと笑ってしまった。
「――なんだけど、って、ルイズちゃん、そこは笑うポイントじゃないよぉもう」
 男が突っ込みを入れてきた。どうやら何かを話していたらしいけれど、私は上の空だったらしい。どうせくだらない話だ、耳に入れるのも煩わしい。とっとと終わらせてしまおう。
「あら、ねえ、ここ、こんなに大きくなってるのはなんでかなぁ?」
 そのルイズというキャラクターについてはまったく知らないが、着させられた服からしてセックスアピールの強い女性キャラクターなのだろう。私は十分に媚態を含んだ声で男を誘惑した。
「えっ、こ、ここはね、ほら、その――」
 突然、話の矛先をエッチな方向に持っていったせいか、男はどもりながら答えようとする。その声をさえぎり、私はおもむろに男の恥部へと手を這わせた。
「ほら、こんなに大きくなってる。苦しいんじゃなぁい?」
「く、苦しいよ、ルイズ。でも、まだ――」
 くだらない妄想劇に付き合うのはもうたくさんだ。私は強引に男のズボンを下ろし、パンツ越しにそそり立つ肉棒を掴んだ。
「ほら、こんなに苦しそう。早く楽にしてあげないとね」
 男に微笑みながらそう告げると、私はパンツを下ろし、手で肉棒をこすり始めた。すると男は、いやいやしながらも愛情を求める赤ん坊のように、上半身を煩悶させている。なんて気持ちの悪い光景なんだろう。と、男が何か声にならぬ声をあげると、白いものが私の手から垂れている。どうやらこの男、早漏らしい。最初見たときは嫌な客だと思ったものだが、早漏というのは大きなポイントだ。私は男をランクを、底辺から二、三歩上昇させた。
「うふふ、一杯でたね。ちょっと間って、今ふき取るからね」
 そう言いながら、ベッド脇の小台においてあるウウェットティッシュを取りつつ、男の態度の変化に気づいた。今までの醜態ぶりが嘘のように縮こまり、おずおずとしている様は、まるで母親にしかられるのを怖がっている子供のようだ。
 ささっとふき取り、貝のように自分の殻に閉じこもった男の相手をしているうちに、終了時刻を知らせるコールがなった。時間だ。私はほっと息をつき受話器を手に取る。
「終了5分前です。延長などはありますか」
「いえ。大丈夫です」そういって受話器を置く。男はそそくさと退室準備を済ませて、今にも出て行かんとしていた。この豹変振りは何なのだろう。そんなに居心地が悪いっての?それって失礼じゃない?と一瞬、怒りが湧き起こるのをなんとか押しとどめ、黒服に
今出ます、と告げた。
「もう時間みたい。こんなに早く時間が過ぎるのなんて初めてだったわ。また、来てね」
 そういって男の頬にキスし、そそくさと退室する男を見送る。ああいった手合いはいつも終わった後、まるで私たちが汚いもののように逃げ帰っていく。私たちが汚いのは、世間一般の常識に照らせばそうなるだろうけれど、じゃあそんなきたない女たちに性処理をさせているおまえらはどうなんだ、と私は男に向かって言いたかった。しかし、そんなことを言えば客は取れない。私たちはショーケースの売り物さながら、ただ使われるだけの存在でしかないのだから、心を殺して、客が来れば歓待するしかない。私たちはおもちゃであり、壊れれば捨てられる人形に過ぎない。そんなことを思っていると、次の客の訪ないを告げるコールが鳴り響いた。私は受話器に手を伸ばしながら、次の男はどんな人だろうとぼんやり考えていた。

終わり
Category: 小説  

お題 かくめい

 「やれやれ、僕は革命した」
 スーパーで買っておいたお得寿司セットを、どんぶりに盛り付け、味噌汁をぶっ掛ける。
味もへったくれもない、そもそも汚いじゃないか、なんて言葉が頭に浮かぶが、革命したのだから仕方ない。僕はゴクゴクムシャムシャとどんぶりにかじり付いた。
確かに見栄えは悪いが、この方が早く食べられるし、栄養も変わらないのだ。現代に生きる人間は時間に追われている。かくいう僕もその一人で、今まさに時間に追われているのだ。だから、革命をせざるを得なかった。正直、味のごった煮で美味しくはない。けれど
まずくもない。だけど、猛烈に腹が減っているという妄想で食すと、これが不思議と美味しく感じる。まさに「革命」だ。僕はいま、食につく際の姿勢について、「革命」を起こしたのだ。なんともすがすがしい気分だ。
「やれやれ、僕は革命した」
 友人に誘われた合コンの約束時間まで、あと三十分。いつもどおり準備していたら、
当然間に合わないだろう。だから僕はことさらに遅れることにした。残り物には福がある
ということわざもあることだし、それにヒーローというものは遅れて現れるものだろう。
合コンに遅れる僕というヒーロー。まさに「革命」だ。合コンという、一種の戦場で交わされる新しい戦術。一気に、みなの注目を集めることの出来るこの革命に、どんな名前を
つけようか、僕は迷う。……そうだ、遅刻にちなんで、「mode tarty」というのはどうだ
ろう? これは流行るかもしれないな。流行語大賞に選ばれるかもしれない。なんともすがすがしい気分だ。
「やれやれ、僕は革命した」
 時間を潰すために診始めたアニメが、ことのほかおもしろく、僕は没頭してしまった。
途中、大佳境をむかえんとする場面で、携帯がやかましくガなりたてるので電源をオフに
してしまったため、友人たちは怒っているだろう。なぜこないのか。なぜ連絡もしてこないのかと、いぶかしみ、憤っているはずだ。そして僕はまた革命を起こしたことに気づいた。そもそも友人といっても、二、三度遊んだだけの間柄にしか過ぎず、僕のような凡庸な人間を合コンに呼ぶこと自体、数合わせのためと言っていいだろう。しかも、僕が女性に奥手であることを知っていながらのこの誘いである。裏があるに決まっている。僕を
出しにして笑いでもとるつもりなのだろう。しかしそうは問屋がおろさない。僕が断る
勇気のない人間だとでも想っていたのか、奴らは当然のごとく合コンに誘ってきた。
ふっふふふ、策士策に溺れるとはこのことだな。なぜなら、僕は行かないからだ。
なんという革命だろう。いわゆる、草食系男子という固有名詞が持つイメージを一変させうる事をおこなったのだ。ノーとはっきり言える男、それが草食系男子だと。ああ、
なんという革命だろう。なんともすがすがしい気分だ。明日、彼らの、僕の豹変振りをみて驚くさまをみるのが待ち遠しい。さあ寝よう。連絡もしないで寝る。ふふふ、革命だ。

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