散文誌

日記・小説

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Category: 小説  

ムーンライトラビリンス

 太陽神ラピスが顔を隠し、夜神ニュルスが徘徊する深更の大地は、闇のビロードに覆われていた。

雲間から覗く双月――ニュルスの目が、大地に、微かな光を投げかけ、丘の上に立つ修道院を淡く照らしている。

寝静まった修道院の中央に聳える尖塔の物見窓には、暖かな光が洩れ、そこに人がいる事を示していた。
 円形の室内を、机上の蝋燭の儚げな明かりが照らしている。壁は書架で埋め尽くされ、室内の中央に構える質素な事務机に、修道服を着た厳めしい老婆が座っていた。視線の先には、同じく修道服を着た若く美しい女性が立っている。

女性は、美しく弧を描く眉を曲げ、内心の苦悩を隠し切れず、苦渋顔で声を発した。

「大シスター・タイス、あの子達は、大丈夫でしょうか?」

「小シスター・ウィグル、そのことについては会から通達があったはずです。あの子達は、必ず目的を達するでしょう」
 机に座ったまま、ウィグルを睥睨するタイスの言葉は、非難がこもっていた。

「ですが、キャシーはまだしも、アートにはまだ早すぎたのではないでしょうか」

「確かに、あの子にはまだ情緒が不安定なところがあります。けれど、それを補ってあまりある、夢見師としての
才能が、これ以上の遅れを与えてはならないと、会で決まったのです。……私も心配ではありますが、キャシーが
付いていれば、まず大丈夫でしょう」

「そうでしょうか……? キャシーの退魔師としての能力は優秀です。でも、それをサポートする夢見師が、
経験の乏しいアートでは不安があります。しかも、今回の献体は今までの実習とは比べ物にならないレベルの
ものではないですか」
 タイスは、皺の刻まれた顔を顰め、物見窓に目を向けた。

「ごらんなさい。悪しきニュルスの目が、今日も大地を睥睨している。ニュルスの手先を、人の夢に入り込み、
魂を貪る夢魔の跋扈を、許してはならないのです。
その為に、わたくし達は才のある孤児を引き取り、戦士に育て上げている。過酷な試練を乗り越え、見習いから一流に成らなければ、遠からず死が待ち受けていることでしょう。
それでは意味が無いのです。夢見師が人夢への扉を開き、退魔師が魔を滅ぼす。連綿と続く戦いの歴史に、戦士達は命を捧げてきた。それはニュルスを討つまで続くのです。
あの子達、ひいてはここで学ぶ子達に、わたくし達が出来得る最善のことは、一級に育て上げることなのです。
……小シスター・ウィグル、分かってください、わたくしも苦悩を抱えていることを」

 ウィグルは、院の子供たちから石像と揶揄されるタイスの寂寞に満ちた顔に、少なからぬ動揺を覚えた。

「小シスター・ウィグル、祈りましょう。それが、今わたくし達にできる最善のことです。……ラピスの加護を」
「ラピスの、加護を」
 シスター達の唱和する祈歌が、室内に木霊する。波紋が蝋燭の炎を揺らし、窓に映る月が、怪しく煌めいていた――。



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 夜のしじまと薄闇に彩られた古い屋敷は、時の流れを感じさせない、不思議な雰囲気に包まれている。広間への
入り口となる、古く厳めしい両開きの玄関の正面には、屋敷の広さを窺わせる大階段が陣取り、踊り場を介して二
階へと続いている。
階段口の左右には卓に乗った屋敷の主人と思しき貴人の肖像が置かれ、間を挟んだ先に、三つずつ扉が並んでいた。
 その屋敷の中に、突如、空間を切り裂くように深淵の黒穴ができ、そこから、二人の人間――少女と少年が飛び
出してきた。

「あいたたた……。毎度の事だけど、どうにかならないのかしら、この入り方はさ」
「早くどいて、キャシー。つぶれちゃうよ」
 失礼ね、と言いながら少女――燃えるような赤毛が少女の顔を半ば蔽い、隙間から覗く鋭利な目が、気性の激し
さを窺わせる――キャシーは、少年の上から身体をどかした。

「僕がクッションになったおかげで、床に投げ出されなかったんだから感謝してほしいね」
「そうね、ありがと、アート」そう呼ばれた少年は、銀縁眼鏡から覗く目じりの釣り上がった高慢そうな目を非難
ありげに細めると、平均よりも太目の身体を異常はないか診触する。

 二人とも、同じ黒いローブを身にまとっていた。

「しっかし、これは……」思っていたよりも広いわね、と頭の中の見取り図を参照しながら、キャシーは思った。
事前にシスターから叩き込まれた地図よりも、二倍はありそうだ。これだけ広いと、ミッションを終えるのは大変だろう。

「アート、献体の位置はどこ?」
「ちょっと待って、今読みとる」アートは額に手を翳すと、目を瞑り精神を集中し始める。まもなく、アートはプルプルと小刻みに震えだした。夢見師としての才能に疑いの余地は無かったが、この変な集中の仕方はどうにかならないものか、とキャシーは、半ば軽蔑の目でアートが探索を終えるのを待っていた。

「……見つけた、二階、手前から三つ目の子供部屋だ。でも、バグが異様に多い。異常だよここは。早いとこ終わらそう」

「あら、そうなの? 私の腕の見せ所ね。それじゃ、とっとと終わらせますか」
 キャシーは、まるで滑るように階段へ移動していく。それは歩を進めるといった動作の無い、宙を泳ぐような動きで、実際、キャシーは宙に浮いていた。

「アート、こっちこっち」
「ちょっと待って、キャシー」
 屋敷の二階へと通じる階段を、一段ずつ上るアートに、踊り場からキャシーはじれったそうに急かした。

「早くしてよね、ったく」
 アートは、精一杯やってるよ、とでもいうように顔を顰め、移動に集中するのだが、それは亀に急げと言っている様なものだった。

「たく、しょうがないわね」
 キャシーはため息を吐き、アートに手を貸そうと階段を下りていく。ふわふわと宙を駆け、アートの腕を取ると、ふわふわと階段を昇っていった。

「あんたはちゃんとイメージが出来てないのよ。もっと現身のしがらみを落として、ここが夢界であることを強く意識しなきゃ」
「そんなことは言われなくても分かってるよ。授業ではそれなりに出来てたのはキャシーも知ってるだろ? でもさ、初めての実習だし、やっぱり緊張なんかで実力が発揮できないのは過去のデータがあらわ――「黙って、来たわよ!」

 踊り場を目前にしたとき、階下からバグの羽音が迫ってきた。キャシーはちらと振り返り、五○?程の、蛾に似たバグの個体数を確認する。一、二、三――やだ、十匹はいるじゃないの。実習でしょ? 何でこんなに多いの?

「キャシー、右右、早く!」
 アートの慌てた声に、キャシーはさっと振り向くと、踊り場から左右に別れている小階段を右に進む。階段を昇ると、直線の廊下に、部屋のドアが等間隔に並んでいた。

「えっと、どこだったっけ?」
「馬鹿、手前から四番目だよ! それよりあいつらをどうにかしないと! 早く突き当たりに――「うるさいわね、ビビってんじゃないわよ馬鹿」

 キャシーはアートを引きずりながら詠唱を始めた。ゆっくりと間延びした発音が静かに廊下を木霊し、しだいにキャシーの身体を青白い光が包み込む。突き当たりに着くと同時にアートを放り出したキャシーは振り返りざま、迫りくるバグに向けて十字を切ると、両手の付け根をくっつけたまま手のひらを開き、前に突き出した。

 キャシーの手から青白い、無数の小さな発光体が連綿と飛び出し、バグたちを襲い、包み込む。完全に覆われ光の玉と化したバグたちは収縮を繰り返し、やがて花火のように弾け、消えうせた。

「ふう、まっ、私の手に掛かればバグごときこんなものよ。といっても、まだこの退魔法しか使えないんだけど。さっ、アート、とっとと終わらして帰りましょ。……で、どこだったっけ?」

「あいてててっ……、あのさ、もうちょっとどうにかならないもんなの? 投げ飛ばされるほうの身にもなってくれよ」
 アートは頭を押さえながら顔を顰め、唇を尖らせる。

「あー、ごめんごめん。でもしょうがないじゃない? さっさとやっつけないと、こっちがあぶないんだからさ。それに、バグに吸われるなんて想像するだけで……うー、気持ち悪い」と、キャシーは鼻に皺を寄せると、両手で身を抱きしめた。

「確かに、吸引されるのはごめんこうむりたいね。僕らはまだ魂力が弱いから吸われでもしたらひとたまりもないもの。ま、キャシーは大丈夫だろうけど」アートは、ローブをはたきながら皮肉めく。

「ちょっと、それどういう意味よ」

「偉大な才能に敬意を表しただけさ。さっ、献体を解き放ちに行こうか」
 アートはそううそぶくと、廊下を歩み始める。キャシーは釈然としない面持ちながらも、あとに続いた。

 バグが消え、静けさを取り戻した廊下に並ぶ扉を、一つ、また一つと通り過ぎていく。四つ目の扉の前で、アートは立ち止まり、キャシーを見やった。

「開けるよ」キャシーが頷き返すと、アートはノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた。

 薄闇が蔓延る室内は子供部屋のようで、子供部屋らしくなかった。天井に近い所にある明り取りの窓から月の淡い光が室内をおぼろげに照らしている。白地に黒い斑模様のレースが掛けられた天蓋付きのベッドが部屋の中央に陣取っており、右には壁を覆いつくすような高く大きい衣装戸棚が、左は机と書架が置かれ、じゅうたんの敷き詰められた床には、いたる所に玩具が散らばっていた。

「すっごいベッドね。ほんとに子供部屋なの?」

「そのはずだけど、なにか――しっ、黙って!」
 突然口元に人差し指を立てたアートに、戸惑いを覚えたキャシーがアートの視線の先を追うと、ベッドのレース越しに人影が揺らめいていた。

その影は立った今起きたばかりのように腕を上げ伸びをすると、レースを捲り、その姿を現した。

 キャシーの目に、それは奇怪に映った。七歳ぐらいだろうか、背丈の小さな少女が肩まで伸びた美しい黒髪に映える白の寝巻きを身に着け、寝ぼけ眼を手で擦っている。一見して可愛らしい少女の姿に異質な感じを与えたのは、その肌だった。
乾燥した大地のようにひび割れた皮膚が、顔を、手を、肌という肌を覆っている。ミイラのような少女は、押せばくず折れるような、どこか作り物めいた印象をキャシーに与えた。

「君が、マリーだね?」アートの問いに、少女は手を下げ、アートを見やると、キョトンとした表情を浮かべ首を傾げた。

「お兄ちゃんたち、だあれ?」

「僕はアート、こっちのがさつな女がキャシー。君を――「ちょっと、がさつとはなによ、可憐、でしょ。マリー、私達はあなたを助けにきたの」

「マリーを? でも、マリー、大丈夫だよ?」

「これから危なくなるんだよ。さあ、おいで」

「ダメ、行かない、エリーに怒られちゃうもの」

 マリーの拒絶に、キャシーは首を傾げた。エリーとは誰だろう? たしか、祖母との二人暮らしだったはずだけど。召使の誰かだろうか。

「心配しなくてもいいんだよ、僕達がそのエリーから守ってあげるから」

「エリーは友達。だから守ってくれなくて大丈夫だもん」

「でも、怒られるんだろ? だから、僕達がエリーを止めてあげる。マリー、君はここから出なきゃ成らないんだ」

「マリー出ないよ。エリー、怒るとすっごく怖いんだもん。行かないもんいかないもん」

 マリーは、イヤイヤをする子供がよくするように、顔を左右に振りだした。痺れを切らしたアートは、「大丈夫、いいからおいで」と、マリーを強引に連れて行こうとした、その時――どすどすと廊下を走る物音が響き、間もなく、メイド服を着た大柄な女性が現れた。

「まだ起きてたんですか、マリー! 一体何時だと思ってるんです、ええ? 玩具を散らかして、こんな夜更けまで遊んでるなんて、なんて悪い子! なんてわるいこなの!」

 二メートルに達しそうな、それでいて痩せた身体は怒りに震え、背丈のせいか八頭身に見える程小さく貧相な顔は、怒気に歪んでいた。

「違うの、今起きたの、トイレに行こうとしてたの」

「嘘おっしゃい! このエリーの目をごまかそうったってそうはいきませんよ。夜な夜な遊んでたんでしょう! いつも眠そうだから見張ってたんです、すぐ尻尾を表すとは思いませんでしたけどね。さあ、お仕置きの時間です、お尻をお出しなさい」

「違うの、ほんとなの、今起きたの、信じて、おねが――「お黙りなさい!」

エリーの骸骨のような骨張った手が、マリーの頬を打ち、室内に鋭い音が響く。マリーのひび割れた肌から血が流れ、衝撃で散った血が、レースに赤い斑模様を残した。

「ごめんなさいごめんなさい」痛みと恐怖に震えるエリーの涙が血に混じり、顎を伝って滴り落ち、白い寝巻きは所々赤く染まっていた。

「謝って済めば法律はいらないんです! さあお尻をだしなさい! 早く! どうしてそんなにぐずなの! そんなだから悪魔に気を許してしまうんです! 反省し改めませんとその汚らわしい鱗病は治りませんよ!」

 エリーは目に喜色を走らせ、マリーを掴み太腿に乗せると、パンパンとマリーの尻を打ち始めた。打つ度に寝巻きは朱に染まり、マリーの悲鳴が後を引く。経験したことのない、その異常な光景に、キャシーとアートは金縛りにあったかのように呆然と立ち尽くしていた。

「ふふ、悪い血がたくさんでましたね、いいでしょう、今日のところはこれで許してあげます。ですが、次は許しませんよ。あなたの心に根付いた悪魔を打ち払うまで、たっぷりお仕置きしますからね。さっ、分かったら血を止めて。玩具も片付けるんですよ。朝までにちゃんとしておきなさい。寝坊は許しませんからね」

 エリーの言葉に、マリーは嗚咽を漏らしながら頷き、寝巻きを脱ぎ始めた。エリーはその様子を一瞥すると、足音も荒く部屋を辞した。

 エリーが消えたことにより呪縛から解き放たれたキャシーとアートは、傷つき震えるマリーを介抱し始めた。

「大変、大丈夫マリー?」

「これは酷いね。とりあえず止血しよう」

 キャシーとアートは、マリーを甲斐甲斐しく手当てし出し、それに安心したのか、マリーはふっと意識を失った。

「ちょっとアート、この子気絶しちゃったよ、死んじゃったりしないよね?」

「そこまで出血はしてないから失血死はないよ、大丈夫。それに、ここはマリーの夢の中だしね」

 夢という言葉が、キャシーに当初の目的を思い出させた。

「うん、そうよね、動転しちゃったごめん。……じゃあさ、あのエリーが夢魔なの?」

「そうだと思う。……僕も動転してたからちゃんと読めなかったんだけど、ここに残る禍々しさがそうであることを物語ってるから」

 そう言うアートの身体は小さく震えていて、本当はしっかりと読んだんじゃあないだろうか、マリーにとり憑く夢魔が作り出したエリーの瘴気に呑まれてしまったんじゃないのか、とキャシーは懸念も露わにアートを見やった。

「アート、あんただいじょうぶ?」

「ああ、大丈夫だよ。そんなにやわじゃない。この子を楯にされると困るから僕が担ぐ。キャシーはあの胸糞悪いクソババアを容赦なく滅してくれ」

 冷や汗を浮かべるアートに、キャシーは少なくない危惧を感じたが、それ以上は触れず、アートがマリーを抱えたのを確認すると、廊下へと足を向けた。

「奴はたぶん食堂にいるよ。感じるんだ」

「食堂ね、分かった。……て、どこだったっけ?」

「はぁ……一階、右側の真ん中だよ」

 アートはこれ見よがしにため息を吐く。キャシーは反射的に言い返そうとしたが、アートの状態を考慮して思い直した。後日たっぷりお返ししてやろうと心に決めて。

 マリーを抱えてさらに歩みの遅くなったアートを引き、キャシーは廊下を経て、階段を下りていく。一階に到ると、右方真ん中の扉に向かい、間をおかず扉を開け放った。

 食堂の中は、暖炉の暖かな光に溢れていた。六人掛けのテーブルが中央に位置し、皿やグラスが整然と並べられている。暖炉上の壁に掛けられた人物大の肖像画には、屋敷の主人と思しき貴人の姿が描かれている。椅子に座った貴人の目線の先には、暗い庭を見渡せる窓が端から端まで、一面を覆っていた。奥には厨房へ通じる扉があり、そこからジュウジュウと調理の音が洩れてきている。

「奥……にいるのかな?」

「うん、間違いないよ。奴が出てきたら、全力で頼むよキャシー」

 キャシーは頷き、詠唱をしはじめた。青白い光が、毛穴から、皮膚から立ち昇り、キャシーから発散していく。充満していく魂力が頂点に達した、その時――扉が開き、エリーが食台を押しながら入ってきた。

「今だ、キャシー!」

 アートの号令に、キャシーはエリーに向かってタメにタメたエネルギーを放射した。次々に放たれる青白の球が、エリーを蔽い、包み込んでいく。やがて発光体となったエリーは収縮を繰り返し、はじけ飛んだ。

「ふう、一丁上がり! なーんか、強面だった割にあっ気なかったわね。まっ、楽できていいけどさ。それにしても、あの女は何者なの?」

「読み取れた思念では、あいつはこの家の召使だった。マリーの両親が海難事故で亡くなり、ボケていた祖母の目を盗んでは、マリーをいたぶっては自分の鬱屈した感情を発散させていたらしい。なんとも醜い人間だよ」

「エリー、しんだの?」アートの声に目を覚ましたのか、マリーはゆっくりと瞼を開け問うた。

「ああ、そうだよマリー。君を苦しめる狂人はここから消えたんだ。もう安心していいんだよ」

マリーは心底安堵したのか、満面の笑みを浮かべ、「良かったぁ、ありがとう。あのね、マリーね、このときを待ってたのぉ」と言うと、口を大きく開け、中から、黒光りする細長い針のようなモノを出すと、アートの首筋に突き刺した。

「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁ!」突然の出来事に、アートは狼狽し、次いで痛みに絶叫した。

「アート!」キャシーは、今やマリーの姿を捨て、大きなバグの姿を現した夢魔に、驚嘆しつつも、この事態にどう対処するか、分かっていたかのように素早く臨戦態勢を整えた。

「は、早くこいつをどうにかしてくれ、頼む!」

 アートは苦しみに悶えながら、キャシーに語気荒く願った。しかしキャシーは、どうすべきか迷っていた。いつものやり方ではアートまでも滅してしまう。別の方法――浄化の法を、試みなければならない、でも、出来るだろうか? 失敗すれば、アートは……ううん、やるしかない!

 キャシーは迷いを取り払うと、詠唱を始めた。ゆっくりと間延びする声が食堂に響き、青白い光がキャシーの手からいでて、アートの足元に五紡星を描いていく。やがて完成した五紡星に向かって、キャシーは呪いを唱えた。
「★$жЯШк!」

 呪いの唱声とともに、五紡星は光の帯を立ち昇らせ、アートたちを包み込んでいく。初めて使った退魔法と、これまでの消耗から、疲労に目の眩むキャシーは、薄れ逝く意識の中で、光に満たされたアートの姿が、おぼろげに見えるのを、訝っていた――。



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 晴れ渡った空から降り注ぐ強い日差しが、修道院の庭園でおもいおもいの遊戯に興じる児童たちを照らしていた。週に一度の休日、聖パルパティオンの日は、これまでと同じく、長閑に過ぎていこうとしている。
この子達を除いて――診療台に身を横たえ、眠りに着くキャシーとアートの姿に、小シスター・ウィグルは苦悩を涙に変え、嘆息を禁じえなかった。

 あれから二日たった今も、二人は一向に目覚める気配を見せず、眠り込んだままだった。どうしても不安を抑えられなかったウィグルが帰還の遅い二人を助け出したときから、ずっと。

 原因は不明であった。マリーも、夢魔を取り除いたというのに、眠り込んだままであった。何もかも分からないまま、時だけが無常に過ぎていく。児童たちの笑声が、修道院を満たしていた――。<了>


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