散文誌

日記・小説

Sort by 07 2012

Category: 小説  

お題 渓谷  落ちなげやり

 福岡県大野城市の油山には、森を切り開いて作ったキャンプ場がある。
平面積二十平方メートルのキャンプ場の脇には渓谷があり、夏になると
家族連れが渓谷の川原で水遊びを始めたり、魚釣りを楽しんだりする、
自然に満ち溢れたキャンプ場だ。去年の夏も例年通り、家族連れや学生
たちが訪れ、にぎやかな夏となった。
 キャンプ場の管理人、新谷司は、六月の初旬になると、ここ油山キャ
ンプ場へと出向き、久しく使われていなかったロッジや調理場の清掃を
受け持っていた。油山の所有権を持つ大和建設会社からの出向で、
キャンプ場周辺の森林地帯の管理を任されている。始めの頃は新谷以外にも
数人いた管理業務は、会社の業績に比例して、一人減り二人減り、いつしか
新谷だけが、ここ油山キャンプ場を管理するただ一人の社員となった。
 半年以上使用されていなかったキャンプ場は、風雪により年々傷んで
いく一方で修繕もままならなかったが、立地条件の良さから利用客は
一定の数を保っていた。
 しかし、今年の夏は違った。いつもなら空きが必ずあるのに、夏の間中予約で
埋め尽くされたのだ。
それにはこんなはいけいがあった。ここのキャンプ場は夏以外は閉められ、
利用は出来ないようになっていたのだが、毎年、安息の地を求めるホームレスで
一杯になるのだ。所有者である大和建設はホームレスを追い出しにかかったが、
人権団体から抗議され、事を大きくしたくない会社側は目を瞑ることにした。
そういうわけで、夏以外はホームレスの聖地となっていたのだ。
 そんなおり、去年の冬頃油山に奇妙な噂が流れ始めた。なんでも、
キャンプ場脇の渓谷に、幽霊が出るというのだ。油山はうっそうとした森に
包まれている。ここを最後の地としやってくる自殺者は度々発見されていたが、
幽霊が出るという噂が出るようなことはなかった。なにしろキャンプ場は広く、
脇には清水が流れる渓谷があるせいか、森に囲まれているとはいえ開放感が
あり、それゆえ、油山で自殺者が出ても、ここのキャンプ場ではあまり問題視
されていなかったのだ。
 しかし、である。そのキャンプ場で、幽霊話が出た。当然、その目撃談は
ホームレスなのだが、それがまた奇妙な話であった。
 ある冬の夜、ホームレスの一人が湯たんぽにお湯を入れるため、川に水汲み
に行ったところ、月明かりに照らされた渓谷の水平線に、なにやら動くものを
見たという。動物だろうかと、ホームレスは警戒しながらそのかすかな姿に目を
凝らしていたが、どうもおかしい。見ていたところ、その姿はある一定の動きを
していたからだ。奇妙に思ったホームレスは、近づいて正体を確かめようとした。
月明かりが仄かに照らす川原を、ゆっくりと近づいていく。やがてはっきりと
見えるところまで来て、ホームレスはまたまた奇妙だと想った。その姿は
人間の男であり、なにやら先端のとがったもので、ある一本の木を彫っている
ようであったからだ。月明かりに照らされたその男の顔は若くもあり、年老いて
も見えた。真剣そのものの目が、木を打つ道具に注がれ、こつんこつん、と、
音をたてる。一体、なにを彫っているのか興味が沸いたホームレスは、そっと
近づいて見ようとした。ところが、風ひとつ吹かない渓谷の中で、男の砂利を
踏みしめる足音は響いた。その音に気づいた男が振り返り、ホームレスを一瞥
して、こう言ったという。「見たな。殺さねばならん」と。男の殺気立った様子に、
腰を抜かしたホームレスは、脱兎のごとく逃げ出した。息も絶え絶えにやっとのことで
キャンプ場についたホームレスが振り返ると、男は最初見たときと同じく、水平線に
ほのかに姿を照らし、一定のリズムで木を掘っているようであった。
 その晩、ホームレスは仲間を起こし、今見たもの聞いたものを打ち明けたが、
一笑に付されてしまった。そらおまえさん、幽霊でもみたんじゃねえかと、仲間の
一人がはやし立てる。憤ったホームレスは、なら見に行こうと、仲間を誘って見に行った
ところ、その姿はもうなかった。ほら、やっぱり幽霊だったんだよと言う仲間を
あとに、あの木のところへ行って見たが、やはり誰もいない。はて、夢でも見たのかと
ホームレスが訝ったとき、雲間から覗いた月の光が、男の彫っていた木を、
闇に浮かび上がらせた。それは’人間’だった。等身大の木にしては小さな木は、
手を左右に奇妙に捻った人間の女の型に彫られていた、という。それからというもの、
夜になるとこつんこつん、と木を打つ音が渓谷に響き、朝になると人型に掘られた
木が見つかった。ホームレスたちは恐怖を感じたが、しかしこれといって害はないので
そっとしておいた、という。
 それが、奇妙な噂の全貌であった。新谷司は、夏の間だけ引き上げるホームレスの
一人から、その話を聞いたのである。内心、いい気持ちはしない。なにせ夜にだけ現れ、
朝になると影形もいなくなるというその男は、奇妙であり、不気味であった。
出来れば目を瞑りたいところではあったが、このキャンプ場を管理している身の上としては、
そのような男を野放しにしておくわけにはいかない。客が来てからでは遅いのだ。
今のうちに、その奇妙な男を放逐しなければなるまい。そう考えた新谷は、一人、キャンプ場で夜を待った。梅雨時のまえに、この件を処理してしまわねばならない。なぜなら、
梅雨が明けるとともに、利用客がやってくるからだ。そのまえに放逐してしまわねば、
管理人としての職を追われるかもしれない。新谷はその晩をまんじりとして過ごした。
手元には懐中電灯と警棒があり、持ってきたラジオから流れる音声を聞き流しては、
渓谷からの音に聞き耳を立てていた。
 新谷がうつらうつらしはじめたころ、渓谷に、こつんこつん、と何かを打つ音が
聞こえ始めた。はっと意識を覚ました新谷は、懐中電灯と警棒を手に、渓谷の川原へと出た。
こつんこつん、と何かを打つ音が渓谷に響く。その音は思いのほか大きかった。
これでは利用客から苦情が出るだろう。新谷は意を決して、音がするほうへと向かった。
川原の水平線に、人間の姿が見える。新谷は小走りに近づき、その男の前で足を止めた。
「ちょいとおまえさん、こんな夜中になにをしとるんだね」
新谷が呼びかけると、男はゆっくりと振り返りこう言った。
「見たな。ならばころさねばならん」
 男の焦点の合ってない目には、どこか気狂いの光を帯びていた。
「こ、殺すなどとんでもないことを言いなさんな。わしゃここを任されて二十年になる
管理人だよ。別にどうこうしようってわけじゃない、落ち着いて話し合おうじゃないか」
 新谷の呼びかけに、男はほうけたようにぼーっと新谷を見ていたが、ふと新谷の顔に
焦点が定まると、強烈な眼差しを向けこう言い放った。
「天から啓示が、いま我の心にこうせよと語りかけた。いでよ地獄のバスよ!」
 男が天空に手を翳すと、漆黒の黒煙が集まり、そこから蛇の形をしたバスが現れた。
新谷は声もだせず、腰を抜かした。これは夢だと想おうとしても、現実として目の前に
蛇のカタチをしたバスがある。新谷は恐怖で身動きが取れなかった。
「やれ、地獄の蛇バスよ。その哀れな男を連れ去ってしまえ」
 男の声に、蛇が大きな口をもたげ、新谷を飲み込もうとする。気絶する間際、
新谷は見てしまった。暗い暗い口内の中に、地獄の亡者たちが手を伸ばし新谷を
引きすり込もうとしているさまを――。

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Category: 日想  

動機

物語を書くときにもっとも気をつけなければならないことは、やおいにならないこと。やまなし、落ちなし、意味なしにならないよう、プロットをしっかりと組んでから書いたほうが、より小説の完成度は増すし、リーダビリティにも配慮できるだろう。たまに、「動機などなくてもよい」という人がいるが、それはどうだろう。
他人が他人を比較・検証するとき、必ず動機を探ります。動機が分からなければ、筋道たった説明が出来ないから。
翻って、小説も同じこと。他人が書いた物語を読むという行為は、他人が他人を診ることと同義。
そこに動機がなければ、その対象物を診た人間は何が正しいのか判然としないでしょう。

それは小説家として、いや、エンターテインメントとしてどうかと思う。

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