散文誌

日記・小説

Sort by 07 2013

Category: 日想  

統治とは結果論

youtubeで上がっている、橋本徹氏の記者答弁などを見るに、彼の話す言葉というのは、聞いていて凄く理解しやすく、今までの政治に関する曖昧な点について、自分の中のもやもやが晴れていく感覚を覚えた。なるほど、行政とはこういう場なのかとか云々。

橋本氏が何を問題提起し、議論する様を見るにつけ、まるでサクセスストーリーのような爽快感があり、僕は愚見だけれど、ついつい想像してしまう。橋本氏がこのまま階段を登り続け、日本を抜本的に変えるような展開を期待してしまう。

僕個人は、社会がどうとか、政治が、日本がどうとかではなく、僕はただ面白い小説にめぐり合えたような感覚で橋本氏を見ている。歴史書を紐解くように。


彼のような、言いたい事をはっきり言う人間は、見ていて爽快だ。僕はニートだけれども、彼が一己の統治者としてどのように歴史に名を刻むのか、楽しみである。
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Category: 日想  

『初』

人は誕生から死までの間、を経験し続けるといっても過言ではないだろう。
細かく定義すれば、一瞬一瞬がになるのだけれど、そんな記憶の片隅にも
留まらない排泄物のようなモノを書いても面白くない。かといって思い出深い
エピソードばかりつらつら書いても、一体誰が俺の、便所の落書きに勝るとも
劣らないようなしょうもない話を読みたがるのだろうか。
だからといってこのまま筆をおけば、思考時間が無駄になるばかりではなく、
文字入力に伴うエネルギーをも無駄に消費することになる。
それは霊長類の頂点に、いや、食物連鎖の頂点に立つ英知なる人間に生まれた身
としては許しがたき愚行ではないだろうか。
ではどうすれば無駄にすることなく、人間としての尊厳を保てるのかというと
面白い事を書くしかないのだが、そうなるとまた最初の疑問にぶち当たることになり――


――以下無限ループ


こんな感じで思い悩んだ事がある人はいると思う。
まあ、何を言いたいのかと言うと、これも一応、、てこと(´ω`)

Category: 日想  

感銘を受けたおっぱいについての見解

今はもう、存続の危機に立たされている、かつてVIPで隆盛を誇った定期スレがあった。
名を、BNSKという。
主に掌編を中心として活動を行なっていたスレで、過去には長編部門もあったりはしたが、すぐに廃れてしまった。
掌編を主とする週末品評会は累計200回を超え、VIPの中でも長寿スレであったが、初期、及び中期を支え盛り上げてきた書き手(その後の凋落が物語る通り、書き手には学生が多かったようである)が徐々に姿を見せなくなり、書き手の数が減ったスレは保守レスの残骸で、それはもう興亡という文字が表すとおり、何かが興れば必ず亡ぶということを明白に感じさせる光景であった。

僕はたまにしか参加しなかったが、ここで初めて小説を書いた事から、僕にとってはとても思い出のあるスレである。
現在、文才ないけど小説かく(実験)3という辺境でほそぼそと続いている。何とかかつての勢いを取り戻してほしいところだが、どうなることやら――。

そのかつてのBNSKで、僕が感銘を受けたレスを抜粋し、そのユーモア溢れる精神を少しでも残しておきたいと思い、ここに転載することとする。BNSKよ、永久に――。

【おっぱいってのは顔の下、身体の前にあるよね。これが例えばひざあたりにあったら、僕は果たして興奮できるのかって命題を考えたんだ。もちろん柔らかさはおっぱいそのままだし、乳首もついてる。女の子はそこを触られると多少感じる。あと授業中に居眠り起こされてびっくりして膝を机にぶつけてもあんまり痛くない。
 リアルに想像してみたけど、やっぱり僕はそのおっぱいに興奮は出来ないな、と確信したんだ。肩にあっても、後頭部にあっても駄目。じゃあなんで顔の下、身体の前にあるとこんなに興奮するのかな。
 それはだね、女の子自身が常にそれを意識してるってのが肝心なんだよ。おっぱい→見られる=恥ずかしい。この
式はもちろん我々の業界では常識だけど、これを当てはめて考えると分かりやすい。女の子の台詞にしてみると、
「あたし、こんな恥ずかしい物、目の前にぶらさげちゃってる」
 かな。こう考えると、間違いなく興奮するでしょ。ここから更に、「触られちゃってる」「吸われちゃってる」「弄ばれちゃってる」という風に進化していけば、そりゃもう興奮のるつぼグラウンドですよね?
 もちろん、作中でも触れられている「母性」というのもおっぱいにとっては重要なマテリアルかもしれない。だけど、それは先刻の興奮に比べればむしろ小さな物だよ。「かわいい女の子が恥ずかしがってる」これより最高の状況なんて、未来永劫あるはず無いんだから。
 つまり僕の持論によれば、世界一のおっぱいとは、涙を沢山吸い込んだAAAでも、6XLをパンパンに張るダイナマイトでもなく、女の子の「心」なんだ。
 羞恥。それは芸術だよ。】


 そもそも女性がなんでおっぱいをみられることに恥ずかしさを感じるのでしょう。
 思うに、女性だけが持てるセックスアピールっておっぱいではないでしょうか。そりゃ顔の良さとか、足が綺麗だとか、色々ありますけれど、そういうのは男にも当てはまるものでしょう。もちろん女性特有の愛嬌ある顔立ちとか、艶やかなスタイルみたいなのはあるんでしょうけど、そういうのはたとえば男らしい顔立ちとか、たくましい体つきみたいに、男でも置き換えが可能、あるいは対応するものがあるわけです。でも、おっぱいならどうでしょう。胸板の厚さでは太刀打ちできませんし、ペニスの大きさともちょっと違う。それにペニスにはヴァギナというグッドパートナーが既にいるわけです。この辺りで女性は自らのおっぱいを唯一無二の武器と認識し、一種の自負を抱くのではないでしょうか。
 それから、おっぱいって顔立ちみたいなものだと思うんですよ。顔の造形みたいな。おっぱいにも色んなおっぱいがあるじゃないですか、幼女のつるぺたおっぱいからおばあちゃんの萎びたおっぱいまで。大きさもさることながら乳首の色具合とか、張りとかね。もちろん他の体の部位にもそういうものはあるでしょうから一概には言えませんが、私としては人間の特徴がよく表れるのは一番は顔、そしてその次に来るのは、女性においてはおっぱいだと思うわけです。
 で、大抵の女性はおっぱいの大きさを一度は気にすると思うんです。特に性徴の現れを実感するのは大抵おっぱいの成長であるとされています。女としての衰えを実感するのはおっぱいが垂れてきた時。肌の衰えやら運動能力の衰えやらはあるでしょうが、それは男も実感するはずです。そして母としての役割を実感するのは赤ん坊に母乳をあげる時ではないのか。これは意見が多々あるかと存じます。妊娠や娩の時点で母性は実感できているのでは、と。しかし妊娠の段階では限りなく無意識なレベルで胎児の育成がなされているのに対して、母乳を含ませる際にはとてもアクチュアルな胎児の育成を体験するわけです。あるいは母乳が出ない女性は、という問題もございますが、ともあれ、つまりおっぱいは人間の過程は限りなく密接な関係をもって変遷していくんじゃねえのかな、って推してみるわけでして、この辺、人生の流れとともに変遷していく顔の表情と近しいものも感じるわけです。
 そうしたところで、おっぱいには女性の本質みたいなものが詰まっているんだと思うんですよ。そしておっぱいに羞恥を抱くのもそのあたりにあるのではないか、と。つまり、処女の少女がパパ以外の男に初めておっぱいをさらけ出す際に感じる羞恥はきっと、「こんなちっちゃなおっぱいでがっかりしないかな」とか以上に(それはそれでそそられますが)、「わたしのすべてがみられちゃう」的な感情ということです。自分とともに歩んできた、いわば分身的な役割を果たすおっぱいが、他人にみられる。これは恋人に限らず、私のような変態におっぱいがみられるのを厭う、ということはすなわち自らの本質を守るという防御的な意志においてなされるのでしょう。おっぱいが胸にあるというのも、進化学がどうかはしりませんが、腕でもってすばやく隠せる場所、という意味合いから成り立っているのかもしれません。
 そうした観点からするとおっぱい=女性の心というのは素晴らしい答えであって、私もうなづくほかありません。このような人間の本質を多分に取り込んだおっぱいは芸術であり、神秘であるわけで、どういうおっぱいが世界一ではなく、おっぱいそのものが世界一の重要なものではないか、と思うわけです
。】
Category: 感想文  

眠れる森 A Sleeping Forest

何か調べたい事がある訳でもなく、ただダラダラとネットサーフィンをしていると、ちらほら興味を惹かれる文章や画像にお目にかかることが多い。
気になったモノはとりあえずタブ化して、後でチェックするのが僕の流儀で、そのときも10個ほど溜まったタブを整理しようとしていた。10個もタブが溜まれば、短縮されたタブには、一文字ぐらいのスペースしかなく、「日」とか「G」とか「Y」とか、それだけを見れば何のことやら分からないものばかりだ。
最初のほうとなると、一体なにに興味を持ったのかさえ覚束ない。記憶力という点で、僕は小学生よりも劣っている自信がある。えばって言うほどのことでもないんだけど。

話が逸れた。とりあえず、僕は最初のタブからチェックしていく。何せ覚束ない記憶なのだから、自分がなにに惹かれたのか、それを再発見するのも一つの楽しみだ、ともいえる。

まあとにかく、僕は一つ一つ、タブを開いては閉じ、開いては閉じを繰り返した。いつものサイクル。興味を惹かれたとしても、それに目を奪われるような事はあまりない。一通り読み、琴線にカスリもしない駄文を閉じる駄サイクル。時間は有限だと言うけれど、ニートの僕には関係の無いことと言える、なにせ毎日が日曜日なのだから。

閑話休題。

そんな駄サイクルを続けていくうちに、ふと目に留まった文言があった。

「眠れる森 A Sleeping Forest」

はて、どこかで見た覚えのあるタイトルだ。少しばかり考えて、それが眠れる森の美女だと分かった。
さらにggると、どうやらキムタクが出演しているテレビドラマらしい。キムタクが出てるドラマならミーハーの僕は全て見たはずだったが、これは見たことがなかった。あらすじを見るに、どうやらサスペンスモノらしい。
キムタコがサスペンスモノねぇ……。なんて思いながらも、暇だし観てみることにした。

どこで見たかは内緒です☆

――全12話。夕方から観始めて、観終わったのが朝方だった。一気に見ればあたりまえか。

感想。何話かは忘れたけど、中盤の辺り、浜崎が国府と同じ大学に通い、同級生だったことが発覚した時点で、ああ、こいつが犯人なんだろうな、ということは分かった。物語が進めば進むほど、浜崎の行動にはおかしな点がたくさん出てくる。犯人は間違いなくこいつだろう、しかし動機は? となると、ガッと嵌るような動機が見当たらない。もんもんとするうちに、最終話へ。ここで初めて、浜崎の口から動機なるものが聞かされる。しかし、それはなんとも味気ないものだった。横恋慕からの逆恨み、ってとこか。あまりに当事者たちの描写がないせいか、殺害動機を知っても、そんなことで……? と、思いたくなるぐらい、ドラマと僕の間に大きな剥離があった。
想像はできる。だが、感情移入はできない。例えば新聞などでこれと同じ事件を知ったとしても、さほど興味を惹かれないだろう。歴史の授業と同じようなものだ。何年にこれこれこういう事が起こった、と書かれてあるだけで、そこにドラマがないのだから。関係性の希薄。
まあ、こんなことを言い出しても薮蛇だ。そもそも主人公は美奈子だし、彼女の記憶というモノがキーパーソンだったのだから、殺害当時の関係者たちの逸話でも入れれば、冗長になるだろうし、犯人を出来るだけわかりにくく
したとしても、この殺害シチュエーションだとすぐにバれることは明白であろう。
とにかく、引っ張りに引っ張った割りには衝撃が足りなかったかな。

どこぞで「神ドラマ!」と言われているらしいけど、とても神()とは思えない内容だった。

という事で寝るとしようそうしよう――。



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