散文誌

日記・小説

Sort by 06 2016

Category: 日想  

擬似

突然、何の脈絡もなく、無性に何かを破壊したくなるときがある。例えば宅配便で届いたダンボールを、強引にエッチするとき服をビリビリに破くような感じで、両手で左右に引き裂きたくなるんだ。そのとき、「オラぁ!」とか「どうだぁ!」なんて言いながらグチャグチャに破壊する。そして「思い知ったかこのやろう!」と捨て台詞を吐いて、ゴミ箱に叩きつける、あの快感、あの開放感が、日々の鬱屈を解消する一助となっている。別段、不思議な事でもなんでもない話だ。

破壊の衝動は誰しも持っているモノである。子供のころ、昆虫などを殺したり、廃屋になった家や工場で物を壊したりした経験は誰にでもあるだろう。大人になれば精神的に成熟し、倫理、道徳、常識といった理性の壁が、破壊衝動を抑制させ、馬鹿げた行動を慎むようになるのだが、果たしてそれは良い事なのだろうか?

もちろん、人や動物を傷つけるのはいけないことだ。そういった犯罪行為に繋がる衝動は押さえ込むべきである。だが、抑圧すればするほど衝動という名の爆弾は大きくなり、ちょっとした火種が導火線に火をつける、なんてことになりかねない。どこかで開放してやらなければ、「そんなつもりはなかったんだ」などという犯罪者の定型文をいう羽目に陥りかねないのだ。

ではどのように衝動を開放するのかというと、疑似体験、である。冒頭で、僕がダンボールを女性の服に見立てて引き裂いたような、誰にも迷惑をかけず、傷つけもしない無害な疑似体験だ。
妄想でいいじゃん、なんて声が聞こえてきそうだが、頭の中だけで完結する妄想ではダメなのだ。物足りない。どこかすっきりしない。
しかし、擬似的に身体を動かすことによって、その妄想は疑似体験へとステージをあげることができるのだ、といってもなんだか分かりにくいな。どういえばいいんだろう。
たとえば3D対応の映画を、3D眼鏡を通して観るか観ないかの違い、とでもいった感じだろうか。女性のお尻を模したオナホールで擬似セックスをするのは疑似体験である、みたいな。
とにかく、頭の中だけの妄想では得られないモノが、擬似体験にはある、ということだ。そしてその疑似体験が、たとえ禁忌に触れる行為であったとしても、擬似的なフィルターを通していれば、理性の扉の鍵を開け、抑圧された衝動を解き放ってもいいのではないかと、僕は思うのである。

馬鹿になる、ということ。子供の頃やっていた一人遊び、お人形ごっこのような感覚で、心の底に澱んでいる人には知られたくない、見せたくはない衝動を、開放してみてはどうだろうか。

「数十メートル先を歩いている女性のお尻の辺りに手をおいて、まるで痴漢しているかのようにまさぐる。女性は気づいていないし、ボクはハッピー。誰も傷ついていないじゃないですか」と、ケンコバが言っていた。つまりはそういうことである。
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Category: 日想  

僕は今、乳首に洗濯ばさみをぶらさげたまま、文章を綴っている。どうしてかって? そりゃあ眠いからさ。痛みという刺激を与え続けないと、途端に船をこぎ始めてしまうんだから、しょうがないよね。そこまでして書きたい事でもあるのかと聞かれれば、ないと答えざるをえないわけだけれども、まぁ常識的に考えて意味不明だよな。

泳ぎ続けなければ死んでしまうサメじゃあるまいし、僕は文章を書き続けなければ死んでしまう変態なわけじゃない。でもなにか判然としないモノが、頭の中を蠢き続け、出してくれと訴えかける声に導かれて、目を瞬かせながら打鍵を続けている。
もう一度いわせてもらうが、僕は変人じゃない。変態でもない。いたってノーマルな人間だ。しかしながら、今現在の状況に多少のズレを感じていることは否定しないよ。
でもよく考えてみてくれ。誰しも妙ちきりんな行ないをしてしまった覚えがあるはすだ。胸に手を当ててよぉく考えてごらん。少なくとも一つは思い浮かぶはずだ。君がどういう奇矯な振る舞いをしたのか、僕には想像もつかないけれど、ノーマルな人間だということは分かるよ。
どうしてかって? そりゃ、ここまで読み進めてくれた優しさを持っているからさ。僕ならこんな文章、すぐに読むのをやめるよ。でも君はそうしていないじゃないか。とても嬉しく思っているよ。恥ずかしくて普通ならこんなこと言えやしないけれど、どうやら僕は君のことが好きみたいだ。
ふふ、笑っちゃうよね。僕は君のことなんて何一つ知らないのに、君のことが好きなんだ。おっと、逃げないで。別に変な意味じゃないんだから。話を聞いてくれるだけでいいんだ。安心して。僕はなにもしないよ。
どうしてそんな目で僕を見るんだ? 話をしたいだけなんだよ、君と。たったそれだけのことが、君はできないっていうのか? 君は優しい人間じゃないか。ならできるはずだろ、話をするぐらい。
おい、逃げるなといっているだろう。期待させておいてその行動はなんだ? なるほど、君はそういう人間だったのか。失望したよ。一瞬でも君みたいな人間を好きになったことに怒りさえ覚える。僕は善良な人間だから、君に対して何かをしようなんて思っていないよ。でも気をつけたほうがいい。もしも僕が邪悪な人間だったら、君は、どうなるんだろうね?

それにしても暑いな。シャワーを浴びたい。でも眠くて眠くてしょうがないんだ。頭がかゆい。身体がべたべたする。すごく眠い。おやすみなさい。
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無理無体

午睡などでまどろんでいるとき、夢と現実の区別がつかなくなることが往々にしてある。いや、区別がつかなくなるという言い方はなんだか分かりにくいな。夢、もしくは妄想の檻に囚われたまま、頭の中の世界が現実だと認識してしまう、という感じか。そしてその感じはしっかりと目覚めるまで続き、まどろんでいる限り、仮想の霧は一向に消えやしない。
つくづく思う、不思議だなぁと。あるときは以前働いていた職場でのことであったり、または学生の頃のことであったり。覚えているのは主に過去での出来事だ。正確にトレースしている場合もあれば、全く違う理想の自分が、理想の過去へとリメイクしていたりもする。
夢を見ることには何かしら意味があるんだろう。フロイトだかなんだか知らないだが、僕は心理学が嫌いだ。でも興味はある。けれども、心理学に関連する書物、テキストを読んでも、一向に頭に入ってこないんだ。意味を理解しようとする気がおきない。重ねて言うが、興味はあるんだ。でも理解する気になれないんだよ。分かるかな、この気持ち。心理学という学問がどういう学問なのか、大して知りもしないのに、何故か毛嫌いしてしまうんだ。どうしてだろうね?

ところで指を切ったんだ。でも血は出てなくてね。よくみると甘皮だけを切ってる。2ミリぐらい、直線にスパっと。どうして切ったのか、まるで覚えがない。朝起きたときは切れてなかったんだ。でも、夜になってふと指を見てみると、切れてた。どこで切ったんだろう? その日一日の行動を思い出してみても、指が切れるような作業やアクシデントに見舞われた覚えがない。でも切れてる。どうして切ったのか、不思議でしょうがなかったから、聞いてみたんだよ、指に。どうして切ったんだ、おまえって。すると指はこう言うんだ、おまえは知っている。でも思い出したくないだけなんだよって。不思議なことを言う指だなと思ったよ。だって指は喋らないしね。しょうがないからゲームを始めたんだ。でも指がいうこと聞かない。おいちゃんとしてくれよ、ゲームができないじゃないか。僕はそう言って指に抗議したんだ。当然だよね、僕の指だもの。でも指は僕に対して中指を立ててきた。ふぁっくゆー。そう聞こえたよ。だから僕は制裁を加える事にした。指を叩いたんだよ、ふぁっくゆーしてる指をね、こう、ピシッと。すると、指は指を引っ込めて、僕の手が握りこぶしになってたんだ。それをみて、僕はどこかがヘンだと思った。切ったのは人差し指。でも僕の手は握りこぶしになってる。おかしいよね。そもそも僕はゲームをしてたんだからコントローラーを握ってたはずだし、中指が指を立てるのもおかしいじゃないか。僕は問い詰めた。おまえは僕の手を操れるのかと。すると突然、握りこぶしだった手がパッと開いて、こう言うんだ。そうだよ。俺はおまえを操れる。だからお前に仕返しをすることも可能なんだ、知らなかったのか? 僕はぞっとして、反射的に指に制裁を加えようとしたんだけど、上手くいかない。コントロールがきかないんだ。よく見ると僕のもう片方の腕が石になってる。驚いた僕に、指が言うんだ、ほらみろ、お前のせいだぞ。お前のせいでこうなったんだ、だからお前の顔もこうしてやる。言い終わると同時に手が顔に襲ってきて、僕の目をぞりっと削いだ。鋭い痛みが走って、ぬめっとした液状のモノが目から溢れ出してくるんだ。どくどく、どくどくと脈打つ液体が顔を染めていく。見えるんだ、自分の顔が。鏡もないのに。鋭利な傷口から、真っ赤な血が僕の顔を染めている。血はどんどん溢れ出して、いつのまにか僕は血の海に浮かび、真っ赤に染まった視界の中で、指が僕の頭を押さえつけ、こう言った。お前が悪い。お前のせいだ。お前を呪え。僕はゆっくりと血の海の中に沈み込んでいく。ああそうだ、僕が悪かったんだ。ゆっくりと僕は沈んでいく。僕は眠りつくんだ。ゆっくりと沈んで、底についたとき、ああ、眠れる。そう思ったのに、指が起きろと言うんだ。不思議なことを言うやつだと思ったよ。お前が沈めたんじゃないか。いいから起きろと指がいうんで、しょうがなく目を開けたところ、そこは血の海でもなんでもなく、現実の僕の部屋だったんだ。

しっかりと意識が覚醒して、夢だと分かったとき、ヘンテコな夢を見たと思ったよ。熱帯夜のせいかな? 一つあくびをして眼をこすると、まぶたにぞりぞりする感触がしてね、おや、もしかしてと思い、指をみてみると、指が切れてたんだ。でも血は出て無くてね、よくみると甘皮だけを切ってる。2ミリぐらい、直線にスパッとさ。どうして切ったのか、まるで覚えがない。昨日、寝るまでは確かに切れてなかったんだ。どうして切れたんだろう? 不思議なこともあるもんだ。僕はトイレに行き、珈琲を淹れ、気だるげに紫煙をくゆらしながら、今日も憂鬱な一日が始まることにため息をついた――。
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習慣は第二の天性

習慣は第二の天性というように、これまで慣れ親しんできた習慣という檻からは簡単に抜け出せない。
例えば口癖。よく電話で、挨拶する前に、「あっ、何々です」と、頭に「あっ」をつける人はよくいるでしょう。ちなみにうちの母親は「マジに」をよく使います。一度ツッコんだことがあるが、どうやら「マジで」を間違って覚えてしまって、それを誰かに指摘されたところ、間違えていたことが恥ずかしかったらしく、意地でも認めず使い続けていたら、いつの間にか口癖になっていたそうです。僕はそこにジェネレーションギャップと可笑しみを覚え、なんだか笑ってしまいます。だって微笑ましいひとコマじゃないですか。
僕はよく「そうそう」を「そそ」と短縮して言うんですが、子供の頃、おばあちゃんにたしなめられて以来、祖母のまえでは使うのを控えていて、子供心に何故だろうと思っていたのですが、今思えば、祖母の気持ちも分かります。それは「そそ」という言葉が、ある種の年代の人や読書家、知識人には、子供が言う言葉ではないという認識があったからでしょう。そんな思い出を胸に、今日は「そそ」に関連することでも書いてみようよそうしよう。


僕が始めて女性器の俗称であるところの「まんこ」という固有名詞を聞いたのは、オナニーさえ未だ経験したことのない、まさしく純粋な小学五年生の頃でした。兄の友人がふらっと我が家に遊びにきたとき、「まんこって知ってるか?」と聞かれた僕は、素直に「まんこってなに?」と問い返したところ、彼は笑って「まだまだ子供だな」なんて小馬鹿にされた記憶があります。

彼の思わせぶりな謎の言葉と、子供扱いされた悔しさのようなモノが、僕に、「まんこ」に対する探究心を与えました。「まんこ」ってなんだろう、どんなモノなんだろう。子供らしい純真さと芽生え始めた自尊心の屈折した欲求が、片手で数えるほどしか触れてこなかった辞書に手を向けさせました。さっそく辞書をひらいてマ行を調べてみるも、なぜでしょう、載っていません。現在の辞書には記載されているモノもあるようですが、あの頃の辞書には載っていなかった。はてさて、僕は弱りました。何でも載っていると思っていた辞書に、「まんこ」なんて記述はどこにも見当たらなかったのです。

当時、僕には友達と呼べる間柄の他人はいませんでしたから、仲が良いわけでもないクラスメートに聞くなんて、ノミの心臓の所持者である僕には到底不可能。兄や、その友人に聞くというのも癪であり、気が進みません。どうにかして「まんこ」なる謎の言葉の秘密を解き明かさねば気がすまない。
あの頃の自分を脳内メーカーで診断すれば、「まんこ」で埋め尽くされていたことでしょう。

そうして悶々としながら、一月ほど経ったある日のこと。兄にRPGのレベル上げだけをさせられるという苦役に就かされていた僕は、その日も黙々とモンスターを狩り続けていました。しかしそのRPGはウィザードリィという、たとえ雑魚でも油断すれば死ぬこともよくあり、尚且つ死んだキャラクターは復活しないシビアなゲームでしたので、兄に「このモンスターには注意しろ」などといった忠告を受けていたのですが、単調な作業というモノは注意力を散漫にしがちです。ただでさえ「まんこ」という大いなる謎に向かい合っていた僕にとって、そのように単調な作業は不幸にもキャラクターの死という結末を迎えることは必至でした。

さてさて、困りました。兄が知れば激怒することは間違いありません。また1からキャラクターを再現させることなど時間的に不可能。困り果てた僕は、自暴自棄になり、暴挙に出ました。当時のゲームはカセットロムで、衝撃を加えたりすると、よくセーブデータが消えることが多々あったのです。今思えばそんな極端なことをしなくとも、また1から作り直せば、たとえ元のレベルまでに再現できなくても、兄の怒りは幾分収まったことでしょう。
しかし幼さとは愚かさと表裏一体です。そんなことは考えも及ばず、カセットを投げてはデータが消えたか確認し、投げては確認し。絶望の淵へと片足を沈みかせた何度目かの投擲が、雑誌が処狭しと並んでいる兄専用のカラーボックスの、わずかな隙間にはまり込んでしまい。ちょうど雑誌と上板の隙間を通り、わずかに空いていた裏のスペースにすっぽりと。
恐怖と焦燥感に半ば泣きべそをかきながら、雑誌をどかしたところ、捲れた雑誌の一つから、なにやらカラフルな図柄の、雑誌の切り抜きのようなモノが顔を覗かせているではありませんか。思わずなんだろうと手に取ってみると、それは漫画のようなキャラクターが、とてつもなくエッチな格好やポーズをしている珍妙な構図満載の切り抜きで、「コレは一体なんなんだ……?」と、数瞬の間、思考がフリーズしました。無理もありません。それまで僕が目にしてきた性的なモノといえば、少年ジャンプなどの健全なエロだったのですから、膣に陰茎がはまり込んでいる絵など想像の埒外、性的なキャパシティを超えていたのは当然なのです。
そしてつかの間の呆然から強烈な引力をもって僕を引き戻したのは、テキストの、「まんこが云々」などという文言でした。僕はまさに雷に打たれたかのような衝撃、いや、ヘレン・ケラーがwaterをwaterと認識したときのような衝撃を覚えたのです。そうか、そうだったのかと。まんことは女性のアソコのことだったのかと。

そう、僕はついに開眼したのだ。かつてセスタスが最高のカウンターを開眼したと同じように、

、『その感動は深く肉体(記憶)に刻み込まれ、終生忘れぬ自分だけの財産となる』

のである。
そしてその感動は僕を有頂天にし、女性を除いて誰彼となく「そそ、まんこってのは女のアソコなんだよ」と吹聴し、それがきっかけで初めての友達を得ることになるのだが、それはまた別の話。
僕はいまでも、まんこに関する話題には、「そそ」と持ちかける。それは「そそ」が女陰の隠語であるからなのであるが、大抵の人間はそんなことは知らず、僕の、他人からすれば意味の分からない自己満足の密かな楽しみは今後も続いていくことだろう。
ほら、今も夜更かしをしているイけない女の子がツイキャスに蔓延っている。僕は気に入った子の配信をひらき、密かにほくそ笑みながらコメントをそっと打つのだ。

「そそ、知ってる? マンコってさ――」
Category: 日想  

狩人の葛藤

こんな深夜に更新なんて珍しい事この上ないのですが、なにせね、さぁ寝ようというときに巨大Gが出没し、奴を殺さねばとてもじゃないが眠れない、ってことで、こんな時間まで起きざるをえなかったわけなんですけれども、しかしね、毎度思うんですが、当然殺される覚悟で我がテリトリーに侵入を試みたくせに、あんだけ必死こいて逃げ回るとは一体全体どういう了見なんでしょうかね?
いやいや、虫ごときが人間様のように思考できるとはこれっぽっちも思ってはいませんよ? でもね、ふと思ったんですよ、こいつ、もしかして……なんてね。もしかしてもしかしちゃって、てめぇおちょくってんじゃねぇのか、なぁんてね、ええ、ふっと思っちゃったわけでしてね。ほら、輪廻転生ってのがあるじゃないですか、あれ、もしかして……なんつってね。いえいえ、本気で考えてたわけじゃぁございません、もぉしぃかぁしぃたぁらぁ? ぐらいの、かる~い気持ちでね、ちょいと四方に目を配りながら、その辺のことだいぶ脱線しながら、まぁぐだぐだ考えてみたんですよ……。



普通の人間は理解できないモノに直面すると、恐怖を感じたり、拒絶反応を示すもんだ。理解を拒む。それは己れの培ってきた常識や世界観を壊しかねない危険な代物だと、自己保全の本能が告げるからである。人はそれまで信じ、積み重ねたきた慣習という名の自我を、急激な変化から守るために遠ざけようとしてしまうモノなのだ。特に自尊心が強く、愚かな人間は自分の尺度でモノを考え、行動する傾向にある。しかもそういう人間に限って、権力の高みに昇ってしまうことは歴史が証明している。
だからこそ人類の歴史に愚は尽きない。

さてここで一つ、仮定の話をしてみよう。もしも僕が、あなた方の子供であり、人間でない異質なモノだったとしたら、あなた方はどうするだろうか。もちろん仮定の話ではあるが、真剣に考えてみて欲しい。そしてあなた方にとって、僕という存在は愛すべきモノだったとしたら。あなた方は僕に対して恐怖を感じ、拒絶するのだろうか。それとも、愛ゆえに異質である僕という存在そのモノを受け入れようとするだろうか。または愛ゆえに、拒絶しつつも何とか元に戻そうとあらゆる手を尽くすだろうか。はたまた、愛ゆえに僕を始末しようとするのだろうか。

どの方法も、愛ゆえの行動であることをまず断っておきたい。たとえ自己本位な愛だったとしても、それは愛である。人間でない異質な僕という存在を受け入れ、人間同様愛そうとするのは薔薇の愛だが、僕は成長するにつれ様々な困難に遭い、障害に道を阻まれるだろう。親の愛と世間の冷遇、その対比が大きければ大きいほど、僕はとても辛い思いを味わうことになるのは明白です。そして目ざとい政府機関は僕という存在の秘密を暴こうと拉致監禁しては生体実験なり行うと画策する、ということはニック・ハロウェイの例を挙げるまでもないでしょう。人間は欲望のまえには忠実です。人類の発展ないし科学の進歩という煌煌しい建前のために、僕は人身御供に等しい状況に置かれることは明々白々でしょう。「人生は人間に、大いなる苦労なしには何も与えぬ」とはホラティウスの言ですが、僕はあいにく人間ではありません。異質な何モノかなのです。苦労したところで得られるモノはほんの一握りの幸せと、実験動物としての末路。それが愛ゆえの結末だとするならば、なんという皮肉でしょうか。

愛ゆえに元に戻そうとあらゆる手を尽くそうとしても、上記の運命と大して変わらぬ末路を迎えることでしょう。
では、愛ゆえに僕を始末することはどうでしょうか? 別の愛し方をしても、上記のような末路を迎えるのならば。そうならば、いっそのこと、親の手で、愛するわが子を今生の苦しみから救うことも一つの愛の為せる技です。子殺しは大罪です。しかし、辛く苦しい運命を背負うわが子はみるに忍びない。ならばいっそのこと、この手で……っ!

そうして僕はようやく現れたGを叩き潰し、遺体現場の殺菌消毒を済ませ、メモ帳をそっとGするのであった。
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眠れない夜

就寝時に悶々として寝られない日、あなたは一体どうしていますか?


先日、とある会合で同席者から「君ってナマケモノなんだねぇ」と言われたので、僕は会話を盛り上げようと「そうなんです、よく木にぶらさがったまま何時間も、ぼーっとしてて……。これはこれで大変なんですよ、ハハ」なんて返したら、「ああ、そう……」と真顔でいなされ、その瞬間、大いなる後悔と羞恥心に居た堪れなくなり、思わず飲めもしない酒を呷ったところ、「それ、俺の酒なんだけど?」と威圧感たっぷりにキレられた現代のレ・ミゼラブル、どうもこんばんみ。

こういった嫌な記憶というモノはなかなか消せるモノではありません。特に就寝時、さぁ寝ようと思っても、しばらくの間、しつこく、ねちっこく、ことある毎に脳裏を過ぎっていくことでしょう。ありがちなメンタルコントロール関連の方法には、頭の中にゴミ箱のようなモノをイメージして、その中に嫌な記憶をボッシュートする、などと書かれていますが、そうそう上手くはいきません。自己暗示の得意な変態はたやすくこなせるのでしょうし、得意ではなくとも、根気よく続けることのできる性質、つまりは努力を怠らない人間には可能な方法なのでしょうが、あいにく、僕はナマケモノですので、そういった方法は性に合わないこと明白です。

ではどうやって嫌な記憶から意識を逸らし、つかの間の安眠を掴み取るかというと。もうこれは「綿のように疲れる」という表現が当てはまるほど、とことん体を酷使し続けるしかないのです。別の方法も試みてはみましたが、どれも功を奏しませんでした。

失敗例

1・『オナニー』
普段なら気持ちの良いはずのマスターベーションが、心に暗雲の垂れ込める状態でとなると、どうも興が乗りません。僕の好みはAVではなくIVの、あの秘部は見せないキワどさなのですが、ダークゾーンに陥ったままではチン子に響かないのです。射精に至るにはこの鬱屈をぶつけ、燃焼させねばならないとしたら、もう陵辱モノしかないのではないか。「僕と同じ気持ちを味わわせてやる」。普段なら表に出てこない醜悪な欲求を、異性をいたぶる疑似体験を通して開放し、この心にまとわりつく粘っこいシロモノを射精と共に放出させるのです。結果、最中は忘却できますが、直後に来る虚脱感と、擬似とはいえあのようなひどい行為を嬉々としてやってのける邪悪さへの疚しさが罪業妄想を刺激し、記憶の鬱屈と相まって、最悪の相乗効果をあげること間違いなし。ジャック・ケッチャムやジョン・ソールの小説を読了した後のような気分。最低の試みでした。

2・『アイドル』
元々ドルオタではなかった僕ですが、既に引退、というより休業? している道重さゆみさんにハマり、ハロープロジェクト、略してハロプロ関連のアイドルをよくチェックしていまして。普段なら癒されるはずの、アイドル達の可愛らしい仕草や花顔が、ダークゾーンに陥った僕には一転して、アイドル特有の振る舞いは鼻に付き、コピペしたような笑顔がサイボーグのように見え、鈴を振るようだった声音が耳に障り、なぜこんなしょうもない三流品に心を奪われていたのか不思議でしょうがなく、小便臭いガキにうつつをぬかしていた自分に嫌悪してしまい、これまた失敗の試みでした。

他にも小説や漫画、映画やドラマなど、色々ありますが、所詮、一時凌ぎにしか過ぎないのです。ほんのひととき忘れられていても、ふとした瞬間、嫌な記憶が脳裏を過ぎる。どうしても思考してしまう。そこから逃れ、安眠を迎えるためには、思考する余裕を失くすことこそ、最高の方法なのです。

※睡眠薬を使う手もありますが、おススメはできません。個人差はあるでしょうがすぐに耐性がつき、 量が増えたり、もっと強い薬を所望するようになるからです。嫌な記憶から逃げたいだけの一過性 の不眠症みたいなモノには適切ではありません。

綿のように疲れ果て、泥のように眠る。それこそが、最低にして最高の方法だと思う次第です。

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