散文誌

日記・小説

Sort by 08 2016

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お題バトン『しぐさ』

公園で飯を食っていると、どこからともなく鳩が現れ、いつの間にか囲まれている、といったことがよくある。奴らは首を前後に打ち出す滑稽なピストン動作を繰り返し、「くるっくーくるっくー」なんていかにも可愛げに鳴きながら、誰彼となく迫るのだ、おい、その飯をよこせ、と。
邪険に追い払っても、しばらくするとまた周囲に集まってくる。その厚かましい嘴を前後に揺らしながら。「くるっくーくるっくー」とバカみたいに鳴きながら。メ・シ・ヲ・ヨ・コ・セ、と、そのしぐさが物語っているのだ。

ときとして、動物は人よりも雄弁に物語るのではなかろうか。臆面もないしぐさを通して、情が表に透けてみえるとき。それは多分、どんな言葉よりも、人の心に訴えかけるモノがあるのではないかと、僕はおもう。

しぐさが語る。そのことを考えるとき、脳裏に浮かぶのは一匹の犬の姿だ。



近所の公園に犬がいた。
柴犬のそいつはホームレスに飼われているようで、ブルーシートに覆われた粗雑なテントの片隅にちょこんと居座っている。そのおとなしく飼い主に寄り添っているような佇まいをみて、僕は忠犬ハチ公を思い出した。
ある日、公園を歩いていると、ハチ公がおばあさんから食べ物を与えられていた。その恵んでもらっている境遇もハチ公のようで、なんだか微笑ましい光景だった。
ある雨の日、帰り道に公園を横切っていると、ハチ公をみかけた。ブルーシートの片隅に、雨よけなのか犬小屋なのか判別しがたい、大きめのダンボールに潜り込んで、濡れそぼっていた。その姿もまた、駅で主人を待っているハチ公を思わせた。
ある晴れた昼下がり、公園で弁当を食べていると、ハチ公が近寄って、ちょこんと居座った。そのつぶらな瞳は恵みを乞うているようだったが、僕は餓狼のように餓えていたので、とても恵んでやる気にはなれず、黙殺した。そのままがつがつと食べていると、ハチ公は僕の口元をみつめ、舌を動かし、喉をゴクリといわせながら、クゥンと物悲しげに鳴き声をあげた。そのしぐさは、お願いしますと懇願しているようで、僕はしぶしぶ、白米を一塊、くれてやった。ハチ公はぺろりと平らげると、またクゥンクゥンと鳴いてくる。もうだめ。もうやらないぞ。そう思っても、哀れみを覚えずにはいられない鳴き声には抗えず、根負けした僕は弁当の残りをハチ公に与えた。おいしそうに食べているハチ公をみて、僕は、満たされなかった腹の埋め合わせに、なにやら暖かい感情が満ちてくるのを感じて、悪くない気分だった。


今、公園にハチ公の姿はない。いつの間にか、ホームレスとともに跡形もなく消え去っていた。
元気にしているだろうかと、ふと思う。多分、元気にしているのだろう。なにせ、あのしぐさのまえには、たぶん、誰も抗えないだろうとおもうから。

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共通テーマ『異世界』

目は口ほどにモノを言う、という言葉がある。

こんなことがあった。

夜遅く、コンビニにでも行こうと思い、エレベーターに乗ると、すぐ下の階から一人の若い女性が乗り込んできた。寝巻きのような、ラフな格好をしたその女性は、ひどく嫌な感じがした。乗り込むとき、相乗りが男の僕だと分かると、警戒心丸出しの顔をしたからである。そのうえ、なにかされるとでも思っているのか、彼女の立ち位置はやけに隅っこなのだ。こんな露骨に危険とみなされたのは初めてである。
少々むかついたので、横目でじろじろと観察してやると、薄手のパーカーにショートパンツとサンダルをつっかけた肢体は、思いのほか肉感的で、欲情をそそるモノだった。これ幸いとばかりに男の本能むき出しで目の保養に勤しんでいると、視線に気づいたのであろう、振り返った彼女の目とばっちりあってしまい、慌ててそらしたあと、妙にうろたえてしまった。盗み見ていた疚しさ。見咎められた恐怖。当然、彼女の目は怒りや非難の色を浮かべているのだと思いきや、まるで違っていたから。
彼女の目は、怯えていた。それがなにより、僕をうろたえさせたのだ。



なにが彼女を怯えさせたのだろう?見知らぬ男と二人っきりの、狭い閉鎖空間で、じろじろと舐られれば不愉快だとは思う。が、怯えるまで怖がるようなことだろうか?なにかあったのだとしか思えない。なにか、怯えるようなことが。



以前、性犯罪被害者にスポットを当てたドキュメンタリー番組のなかで、ある被害者がこんなことを言っていた。
「男の人を見かけるたび、あのときの光景が脳裏に蘇ってきて、しばらくのあいだ、外に出ることが出来ませんでした。今でも、男の人をみると、思い出すことがあります」
ある日突然、男という男が恐怖の対象に変わる。悪夢の記憶を呼び覚ます呼び水となる。被害者の目に、世界はどう変わって映ったのか。

犯罪加害者の家族にスポットを当てたドキュメンタリー番組では、ある加害者家族がこんなことを言っていた。
「事件のあと、住所や実名、顔写真まで週刊誌やインターネットに晒されてしまい、外へ出ると、誰もが知っているんじゃないか、誰かにあの事件の加害者家族だと指摘されるんじゃないかと、恐ろしくてたまりませんでした。今でも、ふとした折に、誰かに後ろ指を指されるような気がして怖くなります」
ある日突然、世間という世間が敵に回る。安全だと思っていた社会が、街が、粗暴な裏の顔へと反転していく。加害家族の目に、世界はどう変わって映ったのか。

逃れようのない暴力が、それまでの人生を一変させる。ありふれた、何気ないはずの日常の一コマが、突然、恐怖に震える対象になる。何かを見るたび。誰かの視線を感じるたび。こころに産み付けられた不安の卵が、一斉に孵化し、ざわざわと這い回りだしては、怖気をふるう。その目に世界は、どう変わって映っているのだろうか。


あの夜の、エレベーター。記憶の中の、逃げるように降りていった彼女の後姿に、暴力の痛々しい爪痕を視たような気がして、なんだかきまり悪くなったけれど、考えすぎかもしれない。本当はなんてことない理由なのかもしれない。いや、本当に悲惨な目にあって、僕という存在が、忌まわしい何モノかにみえたのかもしれない。本当のことは分からない。

彼女の目は、今、どんな色を浮かべているのだろうか。

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共通テーマ『青春時代』

僕が貴重な青春の時代を散漫と過ごしていた頃、姉がカツアゲされそうになったことがある。当時、姉は二十代の中頃で、事務職に就いており、まだ結婚はしていなかったが、ご多分に漏れず週末となると、どこそこへ遊びに出かけては夜遅くまで帰ってこない、といった、どこにでもいる女性であった。
そんな姉に母が小言をいう度、姉は「もう子供じゃない」などと返す。そんな光景が当たり前のようになり、ただ過ぎ去っていく日常の一コマとなりおおせた頃、事件はおきた。



事件当夜は雨であった。朝から降り続く雨は夜になってもその蛇口を緩めず、かえって勢いを増していくような空模様は、大地を歩く人間にも影響を与えずにはおかなかったらしい。いつもなら人の多い街も、どことなく閑散としていて、そのせいかどうか、その日の会食も早々に引けてしまったそうである。(確かその日は金曜日だったはずである。姉が花金と言っていた記憶があるので間違いないはずだ。しかし花金とは妙に古臭い言葉である。当時も既に死語となっていたはずの言葉を、なぜ姉は使っていたのか。今にして思えば奇異に感じるが、より奇妙なのは、当時、姉からその言葉を聞いていたはずの僕はどう感じていたのか、まるで思い出せないということだ)

花の金曜日の集いが早々に終わり、帰り道が一緒の友人と駅へと向かう道中。数人の、女子高生のグループが道を塞ぐようにまえを歩いていて、尚且つその歩みが遅々としたモノであったためか、はたまた雨で濡れる足元の不快感のせいなのか、とにかく姉と友人は非常に苛々したらしい。(気持ちはよく分かる。学生ってのはどうして公道であるはずの道を我が物顔で歩くのだろう。世界は自分たちを中心に回っているとでも言わんばかりじゃないか。その若さが、青さが、憎々しくてたまらない。だから僕は、想像の眼を使って、奴らの傲慢にむくいてやるのだ。女どもには衣服を一枚一枚剥ぎ取り、公共の面前で素っ裸にしたあと、これでもかと姦淫の罪を着せ、不可視の射精の飛沫でその若さに溢れた身体を穢しに穢してやる。男どもには?死、あるのみである)

苛立ちを募らせながら、ようやく追い抜けそうな幅と長さのある交差点についたとき。姉たちはここぞとばかりに、信号が青になるまで、聞こえよがしに悪態をついたのだが、当の女子高生たちは完全に無視を決め込んでいる。怒り心頭にたっした姉たちは、信号が青になるやいなや、わざと傘に傘をぶつけて追い抜いてやったそうである。傘から落ちる水滴がもろに身体にかかったのか、後ろから女子高生の罵声が飛んだが、姉たちは無視してその場をあとにしたそうだ。(さて、この時点で後の事件を惹き起こした非はどちらにあるのかを考えると、陪審は軒並み、非は姉にありと見なすであろう。発端は女子高生たちが道を塞いでいたからであるが、それは大人として、姉が注意すれば穏便に済んだことである。母が小言をいう度に、姉が「もう子供じゃない」と返していたとおり、子供じゃなく大人であるのなら、簡単に済んだ話なのである。当時、上記のことを言うと、姉は「確かにそうね」と認めたあと、やにわに反論しだした覚えがある。やいのやいのと反論する姉は、その実、非など一片も認めていないのだと思わざるをえなかった。本当に非を認めているのであれば、反論などしないモノである。そんなことも分からず感情でモノをいう姉を見るにつけ、「女は感情で生きる生物」だと貶められるのも已む無しかなと思わざるをえない)

駅につき、路線の違う友人と構内で別れたあと、姉がホームで電車を待っていると、先ほどの女子高生たちが同じホームに入ってきた。ぴーちくぱーちく囀りながら姉のほうに向かって歩いてくる。姉は内心、ヒヤッとした(あとで話を聞いたときには、一言も漏らさなかったが、姉の人となりを知っている僕としては、ヒヤッとしたのではないかと思う)が、女子高生たちは近くにきただけで、会話に夢中になっているようだった。一安心したのもつかの間、漏れ聞こえてくる会話が、なにやら不穏当である。

女子高生A「マジであの女さいあくじゃない?」
女子高生B「ほんと、Aちゃん濡れちゃってかわいそー」
女子高生C「シミになってるじゃん、さいてー」
女子高生ABCetc.「ぴーちくぱーちく」

遠まわしの挑発。姉はキッと睨んだあと、こう思ったそうである。雨でシミになるわけないじゃない!

姉の眼光を真っ向から見返して、女子高生Aは言ったそうである。「なに睨んでんのおばさん」

そうして口喧嘩が始まり、やがてクリーニング代を出せ、出さないの押し問答が永久ループに入ったところで、駅員があいだに入り、事なきをえた、というのが事件、いや、おばさん狩り事件の顛末である。

家に帰ってくるなり、姉は事の顛末を盛大に捲し立て、僕ら家族に怒りを撒き散らす、その怒涛のような八つ当たりには、さすがの母も小言を入れる隙もなく、ただ宥めるだけという有様でした。
怒りが怒りを呼ぶという悪循環。人間は真に激怒すると落ち着きを取り戻すのにかなりの時間がかかると、何かで読んだ記憶がありますが、正にそのような感じで、女子高生があんなことやこんなことを言ったと口にしては怒炎を吐く姉の言葉のなかに、僕は引っ掛かるモノを感じました。
姉はやたらと「おばさん」という単語に対して怒炎を吐いているのです。「おばさん」と言われて怒るということは、当然じぶんが「おばさん」だなどと思ってもいないから怒るのに相違ありません。

一般に、女性がおばさんになる境界線は何でしょうか。年齢でしょうか?容姿でしょうか?それとも、子を持ち母になったときでしょうか?ひとそれぞれの定義があるなかで、もっとも当てはまるのは、「女を捨てたとき」だと思います。その瞬間から、女性はおばさんになるのです。三十代でも四十代でも、きれいでセクシーな女性はいますし、子を持ち母となった女性も同様です。女を捨てたときから、女性はおばさんになる。


おばさん事件の後年、何かの折に姉と事件の話をしたことがあります。その頃にはもう、姉は結婚していて、子供もおり、すっかり「母親」という肩書きの似合う人になっていました。
姉は言います。「あのときあんなに怒ったのは、たぶん、おばさん呼ばわりされたことじゃなく、まだ私の中に青春の残り火みたいなモノがあったからだと思う。私にとって青春は学生時代で、当然、学生を卒業したらその時点で青春時代は終わり、社会人として、大人の女性になるんだって思ってた。区切りをつけたわけね。でも、あのとき、青春真っ盛りの当の女子高生におばさんって言われて、私の中の、燻ぶってた残り火が再燃しちゃったんだと思う。まだ私はおばさんじゃない、ちょっと前まであんたたちと同じ女子高生だった私が、おばさんなわけないってね。こころのどっかで青春が終わったってことを認めたくなくて、なんていうか、学生時代のときような、気ままで自由な子供のままでいたいっていう甘えがあったんだと思う。大人になった気でいて、でもそういう甘えがどっかに隠れてることをこころの深いところで無意識に認めてて、だからおばさん呼ばわりされたとき、図星をつかれたこころの歪みが、怒りとなって表れちゃったんだと思う。上手くいえないけど、そんな感じ」
ひとしきり話したあと、照れを隠すように「今では私もすっかりおばさんだけどね」と笑う姉をみて、なんだか置いていかれるような、悲しみのようなモノを感じて、胸が疼いたことを覚えています。


姉のいう青春時代に対しての見解は、納得できるようでできない、小難しい禅問答のようで、いまだによく分かりません。でも、いまはそれでいいのだと思います。人によって青春時代という観念の捉え方が違うのは当然であり、僕がよく理解できないのは、僕自身、青春時代という観念に明確な形を持てていないゆえなのですから。いずれ分かるときがくることを楽しみに、僕は共通テーマ「青春時代」と題したテキストへ、ひとまずのピリオドをうった。

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