散文誌

日記・小説

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お題バトン『自由という不自由』

僕は読書感想文というモノが大の苦い手だった。「何々の事について、自由に書きなさい」と言われても、何をどう書けばいいのか分からず、毎度毎度、困り果てていたモノである。その度に、姉に手伝ってもらっていたのだが、姉はちゃっかりしていて、「一文字一円から受け付けます」などとのたまうのだからシャレにならない。

子供の頃のお小遣いなど高が知れているモノである。そんなショボい財務で四百字詰め原稿用紙一枚から二枚にまで及ぶ、読書感想文の代筆依頼を頼もうモノなら、たちまちギリシャのように財政破綻に追い込まれるのは明白極まりない。大いに悩み苦しんだモノであるが、やはり自分ではどうも書けず、また何より、少々見栄っ張りな部分が背中を押して、苦渋の決断ながら、姉に代筆を頼んだ、あの苦い思い出の味は忘れられない。

その時、僕は学んだんだ。自由は金で買える。がしかし、その支払った対価の分、不自由な思いをすることになる、と。

現在、僕は、乏しいサラリーから貧乏人の知恵を駆使して僅かな自由を手に入れるために、多大な労力と時間を費やすという不自由を強いられている。この社会という枠組みで生き、その下層で上を見上げながら歯車の一部を回している多くの人間の一人として、そんな不自由、甘受してしかるべきなのだろう。しかし、頭では分かっていても、ハートはどうにもならないってのが人間ってモノでしょう?
僕は今も、あの子供の頃の苦い味を絶えず味わっているのだと思うと、たちまち死にたくなるんですが、そういえば最近、自殺未遂者のドキュメンタリーを観ましてね、その中である未遂者がこう言ってたんです、「『死にたい』んじゃない、死ななきゃならないと思いつめてたんだ」って。
なるほどと思いました。『死にたい』という願望ではなく、『死ななきゃならない』という絶望があるからこそ、ルビコン川ならぬ三途の川を渡ろうとするのだということに。彼らは幸か不幸か渡れませんでしたが、僕にはそこまでの絶望はありませんから、まだまだ賽は投げられないようです。

死のサイコロは振られはしないが、現実という名のサイコロは容赦なく振られ続ける。6の目は気配させ見せず、1と2しか出ないようなそのサイコロは否応なく僕の人生を底辺へ、底辺へと導いていく。後からどんどん、僕を追い越していく綺羅綺羅しい人間達の群れ。4の目や5の目が次々に振られ、あっという間に上へと昇り、背中さえ見えなくなる。そうして上ばかり見つめているうちに、いつしか僕は非現実的な妄想に耽溺するようになった。あんな自分やこんな自分、なりたかった、あるいはなりえなかった理想の自分を想い描いては堪能し、時には感動のあまり枕を濡らすこともあった。
これはもう無くてはならないモノ、趣味でもなく習慣でもない、必要不可欠な心の滋養なのである。

僅かな自由を得るために、多大な不自由を耐え忍ぶ。その狂った天秤の不公平な彼我の差を変えるには、心のコスモを熱く燃やすしかないのだ。そうして慎ましやかな仮初めの幸福に酔いしれる。コンビニでワンカップを買いその場でキュっと飲み干すおっちゃんのような侘しい幸せ。

そういえば先日、宝くじ売り場に寄ったところ、ワンカップおっちゃんみたいな風貌のおじさんが、売り子のおばちゃん相手に何やら宝くじ理論なる怪しげなご高説をぶっていました。中身はてんで覚えちゃいませんが、去り際に言った言葉だけは覚えています。

「俺も本気で当たるとは思ってないよ。外れれば捨て金だけど、そのかわり夢を買ってると思ってる。当選番号が発表されるまでの短い夢だけど、色々と思い浮かべるのは楽しいからね」

陳腐な台詞かもしれません。言われ続けてカビの生えた言い訳かもしれません。けれども、この使い古された文句には、心のコスモを熱く燃やせる人間だけが本当に共感できるのです。僕も当たるとは思っていません。夢を買っているんです。心のコスモを燃やせることのでkるいい燃料になる。そうして色々な妄想に耽るのです。現実の当選者の話を材料にするのもいいでしょう。ただ、耳にする当選者のその後は、悲劇的なモノばかりですので注意が必要ですが、自己憐憫が大好物の僕のような人間には最高の燃料になるでしょう。ヒースクリフやギャツビーのような人生をトレースするのもいいですね。この二人は怪しげな方法をもちいて短期間で千金を得ましたが、金はつかめても愛はつかめなかった二人ですので、悲劇的な結末といい、良質なプレイになると思います。

ちなみに今、僕のデスクにはワンカップが置かれています。酒はあまり飲めるほうじゃないんですが、ワンカップおっちゃんになりきって飲むと、意外に飲めちゃって驚いています。でもこれも妄想かもしれません。買った記憶はあるんですが、飲んだ記憶がないんです。おかしいですね。たまにこういうことが起こっちゃうのが、妄想に耽溺しすぎた弊害なのかもしれません。そろそろTWDの時間が迫ってきました。ここらで打鍵をとめ、次のバトン走者にこうビシっとわんかっぷ!!!
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共通テーマ『幼女』

2chに入り浸っていると、真偽はどうあれ様々な情報のシャワーに曝される。長く曝されれば曝されるほど、水流を形作る一つ一つの滴がどんなに汚れていようと気にしなくなってくる。たとえ曲解された情報であっても、面白ければそれでいい。そんなメンタリズムに冒されていくのだ。それが良いか悪いかはどうあれ、ときに砂漠から砂金を掘り当てるような情報に出くわすこともある。

とある板のあるスレッドに、こんなレスがあった。

「バレエのコンクールは言わずと知れた穴場なんだよ。規模が大きければ大きいほど、更衣室に入れきれなかった女の子たちが廊下やロビーなんかでおおっぴらに着替えてるんだから」

言っておくが僕は幼女に性的興奮を覚えるような変態ではない。がしかし、この情報には一笑に付すことのできない何かがあった。それは善良な市民たる僕の良心に引っかかる何かであったかもしれない。とにかく僕は、この真偽の定かではない情報に対して、調べる必要があると感じたのである。

まずはバレエコンクールがどこでいつ行われるかを知らなければならない。僕はグーグルやヤフーといった主要検索サイトで情報をあぶり出し、さらに居住地で絞込みをかけたところ、何件かヒットした。バレエコンクールとやらがそこそこの頻度で催されていることを知った僕は、驚くとともに軽く興奮した。もちろん、情報の真偽をこれで確かめられるという想いからである。けっして、やましい想いからのことではない。

ヒットしたサイトの情報を吟味すると、どうやら大半のバレエコンクールとやらは大小さまざまなバレエ教室が独自で行なうコンクールのようで、他のスポーツのように公の連盟が取り仕切るコンクールはあまりないようである。いってみればコンクールと名がついた発表会のようなモノが大半らしい。

発表会ならお金はとられないのかなと思いきや、入場料は取られるようだ。しかもチケット制である。一枚千円という値段が高いのか安いのか判断がつかないが、チケットを求めるには主催者に連絡しなければならないらしい。とてつもなく高いハードルが目の前に立ち塞がり、失望に消沈しかけたが、つと思い直した。確認しなければならないのはあくまで廊下などで女の子が本当にきがえているのかどうかであって、なにもわざわざ鑑賞する必要はないのである。再び沸きあがってくる興奮に逸る手を抑えながら、僕は日時と場所をメモ用紙に殴り書いた。

さて当日、僕はそこへ行ってあれやこれやを見たと書こうと思ったけれども、ウソをつくのがいやになったのでやめることにする。そう、全部ウソである。僕が書いた偽りの情報でベドフィリアやロリコンといった類が手のひらで踊るさまを想像して悦に入る自分に嫌気が差した。真に申し訳ない。この駄文に一つ、事実があるとするなら、それはレスの内容である。情報源は舞姫テレプシコーラという漫画で、そこに記された内容をそっくり書き出した。それは事実である。しかし、真実かどうかは、あなた自身でお確かめになってはいかがでしょうか。

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