散文誌

日記・小説

Category: スポンサー広告  

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: 小説  

paraphilia

 使われなくなって久しい旧校舎の一角にある、薄暗い体育倉庫のなかで、人の姿をした一組の動物が交わっている。体育用具の放つ独特な臭いと、動物共が放つ激臭が混ざり、混沌としたその空間に、畜生の浅ましい息遣いと鳴き声が響き、微睡んでいた少年は目を覚ました。
 生来の不器用さと人見知り、そして奇特な性格から、孤独な学校生活を送っていた少年にとって、休み時間に訪れるこの場所は、殺伐とした日常に平穏を与えてくれるオアシスだった。
 そこへあらわれた一組の男女は、知性ある人間とは思えない、傍から見れば獣めいた、とても汚らわしくみえる行為に耽り、跳び箱の影から覗く少年の存在には気づいていない。
 僕の憩いの時間を台無しにし、あまつさえ聖なる学び舎で肉欲に溺れようなんて、破廉恥な輩は一体だれだ?
 もっとよく見ようと、跳び箱の影から心持ち、少年は身を乗り出した。
 さあて、こんな場所で性欲を発散させるお下劣な男はダレ――ってウソ、秀才君? とすると、女ノコは当然――うん、やっぱり委員長だ。へえ、しかし意外だな、あの品行方正なお二人がね……。で……何をやってるんだろう?
 「ん……ん…んっん」
 少年の眼前で、二人は抱き合い、口づけを交わしていた。時折、傍らに置かれたパックから得体の知れない内容物を掬い取っては、口移しで相手に食べさせている。その内容物はとてつもない臭気を発散させていた。先天性の臭不全の所為で、少年はその異様な臭いに気づくことは無かった。
 「っん、ああ、おいしい……。ケンチャンの言うとおり、タンパク質を十分に摂取するだけで、こんなにも芳香で濃厚なモノになるなんて」
 「必要な要素を取り込めば取り込むほど、果実は毒々しく実っていくもんさ。それに、ただ質がいいってだけじゃないよ? 僕と美咲を紡ぐ真実の、いや永久の愛という隠し味があるからこそ、ただの嗜好品が、至高の一品へと変わるのさ」
 至高の一品だって? あのどす黒いモノが? 一体なんなんだろ。ここからじゃ良く見えないな、もうちょい近づく? でも見つかっちゃうと困るしなあ。あーあ、せめて匂いが分かればいいのに。
 「ふふ、嬉しい。ケンちゃんたら、いつにもまして雄弁ね。じゃあ、次は私のを食べてえ」
 少女は、その所有者に相応しく、可愛らしい装飾の施されたパックから内容物を口に含むと、まるで芳醇なワインを楽しむように、しばらく舌で転がしてから、口づけを交わした。少年には分からない激臭を、辺りに漂わせながら。
 うわ、またやってる。それにしても口移しだなんてなんだか気持ち悪いなあ。普通に食べればいいのに。でもすごく気持ちよさそうな顔してる。そんなにいいもんなのかな? 今度僕もやってみようかな、パトラッシュ相手に……うへえ、やっぱやめよ。
 「っん、ああ、いい、おいしいよ美咲。でもね――これ、何だと思う?」
 彼は口の中から何かを取り出すと、美咲に突きつける。人差し指の腹に乗った、小さな残骸は、消化不良のグロテスクな肉塊だった。
 「あ、だめ、見ないでえ」
 「いや、そんなわけにはいかない。見てごらん、皮、というよりも皮だったもの、と言ったほうが適切かな。これは君の不実の証だよ。そもそもあの偶然の出会いから――」 
 なにか口から出したけどよく見えないや。なんなんだろ。それに不実って? なんかもう色々と訳ワカメ。つうか突然だけどうんこしたい。やばい。早くで照ってくれないかなあ。
 「そんな、不実だなんてひどいわ。さっきの言葉はウソだったの?」
 「さっきの? ああ、僕らを繋ぐ赤い糸――「違うわ、私たちを紡ぐ永久の愛、よ」
 「ああ、いやパターンを変えただけで、意味は一緒だよ。しかし意外だな、君が愛なんていう曖昧な概念に固執するなんて」
 「何が言いたいのよ。ねえ、私を愛してないの?」
 「馬鹿だなあ、もちろん、愛してるよ。僕が殊更に歯の浮くようなセリフを言ったのは、人間には少なからず、
短絡的なある種の連想癖があるからなんだ。例えば、ある人が好意を寄せる相手の好物がカレーだったとする。
するとその人は、好悪の区別に関係なく、カレーを好きになるものなんだよ。つまり、好きな人が好むものは、
例外なく好きになるものなんだよ、それが一時的な錯覚に過ぎないとしてもね」
 何を言ってるんだろうこの人は。愛がどーのこーの、そういうのはもっとロマンてっくな場所でやってもらいたいね。ああ、漏れそう……。
 「よくわかんないけど、私のこと愛してるって、信じていいの?」
 出したくない、出したくないのに……!
 「もちろんだよハニー。僕の心には、君という大きな楔型が打ち込まれていて、他の人間が入り込む僅かな隙間もありゃしないよ」
 「うれしいわ、ダーリン」
 ああ……もう……出しちゃってもいいよね? パトラッシュ……。
 世に在る恋人同士によく起こる、痴話げんかのはての愛の嵐は、常識から照らすと異端なるこの二人にも例外なく適用され、情熱に突き動かされるまま、ひしと抱き合い、熱烈な接吻を交わし始めた。しかし、場所柄さえ良ければ微笑ましいといえる恋人たちのひとときは、少年の股間から放たれる、人間の生理現象が生み出す最も大きな音によって、ぶち壊された。
 「え……? だれか、居るの?」
 「あれは僕らにとって馴染み深い音色だな。だれだ、そこにいるのは!」
 二組の双眸が、闖入者の隠れているほうへ向けられる。こうなっては仕方ないと、観念した少年は、おずおずと姿をあらわした。
 「えっと……その……」
「おや、君はワタライ、くん、だったかな? うん、そうだ、渡り会うと書いて度会。いやはや、君のアイデンティティには相応しからぬ名前だと思っていたが、そうでもなかったようだねえ」
 「やだ、どうしよう。ねえ、どうしようケンちゃん」
 「落ち着け、美咲。大丈夫だよ、渡会君は話の分かる人さ。渡会君がここで見たことを言うとは思えない。
だって、彼が僕らを敵に回すとは思えないから。そんな得にもならない、返って今よりもさらに悲惨な日々を
送る原因を彼が自ら作るとは思えない、思えないよ、ねえそうだろ、渡会君?」
 まるで蛇のような、偽りの微笑みの下に隠された毒牙に、少年は今まで感じたことの無い、異質な恐怖を感じた。だめだ、逆らっちゃ――蛇ににらまれた蛙のように縮こまった少年は、ただうなずく事しかできなかった。
 「ほらね? 渡会君は人見知りがちな性格から誤解されやすいようだけど、本当はとても心の広い、優しい気質の持ち主なんだよ。
だから、たとえ誰かに脅されようと、僕らの秘密について、決して口を割らないよ、そうだろ? ワタライ」
 少年はオウムのようにうなずく。蛇の逆鱗に触れたくないがために。
 「ああ、よかったわ。一時はどうなるかと思ったけど。信じていいよね、渡会君?」
 「おいおい、言わずもがななことを言うんじゃないよ美咲。もちろん、渡会君は僕らの信頼を裏切るような真似はしないよ。……でも、もし裏切ったら……許さないよ?」
 少年の萎縮した反応に満足したのか、彼は連れを伴い、この場を去った。今にも泣き出しそうな少年を残して――。


 それからというもの、これまで執拗に少年の周りに蔓延っていた陰湿ないじめの影は消え、
依然より平穏な日々を過ごせるようになり、オアシスを求めてさまよう事も無くなった。
しかし、その人間性ゆえか、大きな障害の無くなった今でも、少年は孤独だった。
 いいんだ。一人は慣れてる。でも――と、少年は折りある毎に思うのだ、一体、彼らは何を食べていたのかと――
関連記事
スポンサーサイト

Newer Entry記憶の邂逅

Older Entry当たり前のこと

 

Comments
Leave a comment








1234567891011121314151617181920212223242526272829303105 < >
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。