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↓でググッていたところ、下向き矢印法なるモノに目が止まった。

ソレは認知行動療法という、精神疾患の為の治療方針の際に用いられる、抽出作業であるらしい。

認知行動療法とは?(wikipediaから引用)

 人間は世界のありのままを観ているのではなく、その一部を抽出し、解釈し、帰属させているなど
「認知」しているのであって、その認知には必ず個人差があり、客観的な世界そのものとは異なって
いる。それゆえ、誤解や思い込み、拡大解釈などが含まれた自らに不都合な認知をしてしまい、結果
として様々な嫌な気分(怒り、悲しみ、混乱、抑うつ)が生じてくると仮定している。認知療法では
不快な気分や不適切な行動の背景として「考え方」つまり「認知」に着目し、この不都合な認知⇒気
分の流れを紙などに書いて把握すること、また、それらに別の観点を見つけるべく紙に書いて修正を
試みる事が根幹である。その為に根拠を問うたりする。 それらの気分を生じさせる拡大解釈などを
アーロン・ベックに学んだデビッド・D. バーンズ(英語版)の1989年の著作The Feeling Good
Handbook[1][2]では "Cognitive distortion"(認知の歪み)という


その認知の歪みを炙り出す作業のことを、下向き矢印法という。具体的にどのように炙り出すのかは、
日本認知療法学会によるマニュアルを紐解く。

下向き矢印法① <自己へのスキーマ>
状況) 会社で私を残して上司が同僚と食事に行った

自動思考) 私だけ、上司に誘ってもらえない

自己について) 自分は他人に気遣ってもらえないタイプ

自己について) 自分は、愛されない人間だ

下向き矢印法② <世界へのスキーマ>
状況) 上司は自分に残業させて食事へ

自動思考) 一般職の女性社員だけ誘われた

世界について) 私は総合職女性だから誘われなかった

世界について) 仕事をがんばる女性は、嫌われる


スキーマとは、その人が無意識のうちにしてしまう、ある決まったものの見方・考え方の事。
自動思考とは、そのときに頭に浮かんだ考えやイメージの事である。

下向き矢印法とはつまり、マイナス思考やプラス思考の大元の素因であるところのスキーマ(認知の
異常・正常)を炙り出し、その素因を認知させる方法である。
そうして原因を明確にする事によって、ある程度、自己をコントロールさせる治療方針が、認知行動
療法。というのが、流し読みして得た僕なりの理解。

なわけだけれど、これってちょっと小説のプロットを作る作業に似てると思いませんか。物語の組み
立て方は人それぞれだろうけど、基本的に文章と同じで、プロットも5Wが骨格となりますよね。

Who(誰が)→主人公
What(何を)→目的
When(いつ)→時代
Where(どこで)→場所
Why(なぜ)→動機

この骨格にテーマをあてはめ、そのテーマを軸に【面白い】要素を取り入れていく。そうして肉とな
り血となった物語=主人公に命を吹き込むために、why.why.why.を連発する。何故そうする何故こう
する何故ああする。物語の作者とは考えや行動に影響するスキーマを洗い出す、下向き矢印法の名人
とも言えるのではなかろうか。

そう考えてみると、ある一つの疑問が浮かび上がってくる。いわゆる文豪と称せられる人間達の自死
率の高さだ。創作者としてバーチャルの、二次元上に過ぎないとしても、リアリティある人物を創り
込み命を吹き込むその道のプロ中のプロ達はなにゆえ自死を選んだのか。

僕の手元に精神科医である岩波明の著書『文豪はみんな、うつ』という新書がある。新書というモノ
は押しなべて薄っぺらい印象があるが、そこはまぁ入門用としての位置づけ、カテゴリにある新書に
中身を求めてもしょうがないわけで、ご多分に漏れずこの本も出来うる限り減塩しましたという塩梅
なわけですけれども、まぁそれは言わないお約束、というより、「お前が言うな」って感じですね、
ごめんなさい。

この本は、精神病のきらいがあった文豪を対象としており、全十人中四人が、自殺を遂げていたとさ
れています。芥川龍之介・太宰治・有島武朗・川端康成。縊死・心中水死・心中縊死・ガス死とまぁ
死に方は様々ですが、その他にも、広義的な自殺というか破滅願望というか、文豪という名につり合
わぬ、幸福とは縁遠い人生を送った者が多かったようです。

その中でも、島田清次郎という作家は、お題である『↓』にピンポイントで当て嵌まる人ですので、
ここで一筆したためさせていただきたく早漏。詳細は島田清次郎(wikipedia)から辿れる評伝でも読んで下さい。
そして読む価値があったらばお教えいただけたら嬉しく存じます。


島田清次郎とは、世を蔑み世に蔑まれた男である。評伝のタイトル「天才と狂人の間」とは言い得て
妙だ。馬鹿と天才は紙一重。知れば知るほどそう思う。

生後まもなく父を亡くし、母とともに身を寄せた実家はときに夜の女の顔も見せる芸妓街、という生
い立ちには同情するが、その境遇と頭抜けた知能による所為なのか、元々そういう性質だったのか、
傲岸不遜とも言える人間性は受け入れがたい。恩人の持ち物を勝手に拝借したり、妻に暴力を振るっ
たり、挙句の果てには婦女誘拐・監禁事件を起こしたり。けれど、精神病院で病死した顛末を思うと、
自分も世渡りが上手く出来なかっただけに、どこかシンパシーを感じてしまう。
二十歳のときに著した自伝的小説『地上』がベストセラーとなり、一躍時の人となったのもつかの間、
素行の悪さが祟ってわずか三十にしてこの世を去る。生活破綻者の一人として一時は成功したカレを
嫉妬しつつも、もっと上手くやれたんじゃないのかと悲しく思う。

ちなみに『地上第一部:地に潜むもの』は青空文庫で読む事ができる。僕は途中まで読んで投げ出し
たけれど、芸妓として生きる女達のやるせなさには心に訴えかけるモノがあった。興味があれば是非
一読を。きっと、昼ドラを思わせるドロドロした展開を芸術の域にまで昇華できなかった若さに投げ
出したくなるから。
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