散文誌

日記・小説

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記憶の邂逅

 「お嬢さん、落としましたよ」
 蒸し暑い真夏の午後、シャツにじっとりと汗を滲ませながら、保育園に通う娘の迎えに遅れまいと、足早に最寄りの駅へと向かっていた私を、しわがれた声が呼び止めた。
 振り返ると、グレーのスラックスに白いシャツを着た温厚そうなお爺さんが、私のハンカチを手に、微笑を浮かべている。
 「あら、どうもすみません、急いでたものですから……。ありがとうございます」
 そう言って老人の手からハンカチを取ろうと伸ばしかけた手を、緩慢な動作で老人が手を挙げ、遮った。
 「違う違う、これはわしのだよ。お嬢さんのはほれ、これじゃよ」
 老人はそう言うと、四つ折に畳まれたハンカチを広げ、中のものを見せようとする。
私は内心むっとしつつも、老人が私のハンカチに何を包んでいるのか、不思議に思い見てみると、それは透き通った綺麗な海のように青い飴玉だった。
 「お嬢さんの落としたモノは、きっとこれのはずだよ」
 老人はそう言って私に飴玉を手渡すと、くるりと踵を帰し、去っていこうとする。
 「ま、待ってください。私のハンカチを返して、この飴玉はお爺さんのでしょう?」
 そう慌てて問い掛けると、老人はゆっくりと振り返り、夢を見ているような奇妙な表情で静かに語りだした。
 「忘れたのかい?お嬢ちゃんの大好きな飴玉の味を。思い出してごらん、お嬢さんが小さな時分、近所の森に住んでいた小さなおじさんの事を。
ほりゃほりゃ、思い出してごらんよ、小さな小さな、おじさんを」向かいの家?小さなおじさん?この老人は一体何を言っているのだろう?
 「哀しい事だけれど、お嬢さんが忘れるのも無理はないのう、何せ儂達は異質な存在だからね。
でも、お嬢さんがひとたび思い出せば、あの頃のようにまた必ず来たくなるはずじゃよ、儂達の小さな小さな理想の庭へ。さあ、その飴玉を味わってごらん、そうすれば思い出すはずじゃよ、ひひ、さあさあお食べ、さあお食べよ」
 老人はきちがいじみた言葉を発しながらゆっくりと近寄って来る――徐々に小さくなりながら。
一歩一歩、足を運ぶ度に、小さくなっていく。やがて老人は手の平程の大きさになり、私はその非現実的で奇妙な光景を、ただただ茫然と見つめていた――


 ――おいでよおいでよ妖精達よ、食べてごらんよ儂の飴玉、甘くて美味しい夢の飴玉、さあさあおいで、さあおいで――
 ……唄が聴こえる。しわがれた声が囁くように唱和するその唄は、私に懐かししさと、不安感を思い起こさせた。どこで聴いたのだろう?誰が唄っていたのだろう?この唄は――


 ――気づくと、私は森の中にいた。鬱蒼と繁った木々のせいか、辺りには微かに闇が忍び寄り、その闇を縫うようにして、茜色をした木漏れ日が差し込んでいる。
頭上を見上げると、木の葉の隙間から見える空は色鮮やかな朱色に染まっていて、森の中は幻想的な雰囲気に満ちていた。
 「駄目だよ、ケイちゃん、お母さんに怒られるよ」
 「大丈夫だって。おばさんには内緒にしてればいいんだし。ちょっと行くだけだから。いいからおいでよ」
 幼い子供の声に振り返ると、小学校低学年ぐらいだろうか、二人の女の子がいた。好奇心に顔を輝かせ、森の奥へと歩んでいく勝ち気そうな少女と、
その少女の腕にしがみつき、既に泣きそうな顔をしている内気そうな少女。二人は私のすぐ近くに立ち止まると、誰かに聞かれてはまずいかのように、小声で話しはじめた。
 「このへんだったよ、確か。妖精さんはどこにいるのかな?」
「本当にいるの?私怖いよ、ケイちゃん」
 「大丈夫だって、私がいるんだから。じゃあ呼ぶよ?――妖精さん妖精さん、私達と遊ぼうよ!」
 ケイちゃんという少女がそう叫ぶと、木から何かがぽとりと地面に落ちた。それは、手の平に収まりそうな大きさの、小さな老人だった。
 「ほうほう、ひひ、おやおや、誰が来たかと思ったが、可愛らしい妖精達だったとはの。ひひ、もしや、儂を呼んだのは、お嬢さん達かい?」
 「そうよ。でも、私達は妖精じゃなくて人間よ。あんたこそ妖精でしょ?……とてもそうは見えないけどさ」
 「ふむふむ、ひひ、生意気な妖精じゃて。まあいい、まあいい、せっかくの訪いじゃ、鷲の飴玉を、ひひ、お食べよ」
 老人はそう言うと、腰ぎんちゃくから小さな小さな青い飴玉を取り出した。
 「ふーん、それが飴玉、ね。でも、私が見たのはもっと大きかったけど」
 「おやおや、この前来たひひ、妖精に飴玉をあげたとき、覗いとったのはおまえさんじゃな?ひひひひ、悪い妖精じゃ、悪い妖精じゃ」
 老人はそう言うと、ケイちゃんに飴玉を投げ渡した。ケイちゃんが飴玉を掴み、手の平を広げてみると、それは私達にとって馴染みぶかい大きさへと変貌を遂げていた。
 「うわあ、すごい、どうやったの?これが飴玉かあ、綺麗だね」
 ケイちゃんはそう言うと、飴玉を口に入れようとする。不気味に笑いながらその光景を見守る老人と、止めようとする内気そうな少女。
 「駄目だよ、食べちゃ駄目だよ、ケイちゃん」
 ――食べちゃ駄目、駄目だよケイちゃん。
 私と内気そうな少女思いが重なり――食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目食べちゃ駄目――


 「――駄目、駄目だよ!」
 「な、一体どうした、やっと目覚めたかと思えば飛び起きたりして」
 ここは――? 声のしたほうへ顔を向けると、そこにはケイちゃんがいた。逞しい男性のケイちゃんが。
 「大丈夫か? お前、突然倒れたらしいんだよ。それを見てた人が救急車を呼んでくれてさ、会社に連絡があったときはびっくりしたよ」
 ケイちゃんの声に、私は辺りを見回した。白い壁、白いベッド、そしてあの独特な消毒の臭い――ここは病院だった。
 「おい、本当に大丈夫か?」
 ケイちゃんは心配そうに私の顔を覗き込む――子供の頃からずっと一緒だったケイちゃん。初めてキスをした日、恥ずかしげに顔を赤らめ、好きだよと言ってくれたケイちゃん。初めてエッチをした日、緊張し過ぎて起たなくなっちゃったケイちゃん。
プロポーズをしてくれた日、言葉を噛みすぎてしどろもどろになっていたケイちゃん。娘のまいの妊娠を知らせた日、飛び上がるほど喜んで、テーブルにしたたかに膝を打ち付けたケイちゃん――私の胸に大切にしまわれた宝物の記憶の中で、ケイちゃんはいつも男性だった。
 でも、記憶の底に沈められていた幼年期の断片が、私に少女だったケイちゃんを思い出させた。姉のようだったケイちゃんは、少女だったケイちゃんは死んでしまったんだ――そう思うと、私の目に涙が溢れ、哀しみの波にさらわれるまま頬を濡らした。
 「お、おいどうした?大丈夫だよ、検査の結果は軽い貧血だって事だしさ。あ、そうそうマイなら今看護婦さんと一緒にトイレに行ってるよ」
 ケイちゃんのその言葉を待っていたかのように、マイが看護婦さんに連れられて病室に入って来た。
 「あ、お母さん!」
 マイは私を見るなり、驚きと喜びが入り交じった表情を浮かべ、ベッドに駆け寄って来ると、私の手にしがみついた。
 「ごめんね、心配させて。もう大丈夫だからね」
 マイは口をモゴモゴさせながら「マイはだいじょーぶだよ」と言う。何を食べているのだろう?私の怪訝な顔に気づいたのか、ケイちゃんが答えをくれた。
 「さっきまでメソメソしてて困っててさ、何かおやつでもやろうかと思ってお前のバックの中を見てみたら飴玉があったから。飴玉を食べてるんだよ」
 飴玉?飴玉って――マイが口を開けて中のモノを見せようとする。そこには、綺麗な海のように透き通った青い飴玉があった。
 「だ、駄目、食べちゃらめえぇぇぇぇぇ!」
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