散文誌

日記・小説

Category: スポンサー広告  

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: VIPでテキストサイト『共通テーマ』  

共通テーマ『秋』

 その幼子は秋といった。頬をピンク色に染めてにこやかに、種種雑多な花や樹木が立ち並ぶ自然公園の中を、父と母に挟まれてあるいていく。初秋の昼日中、心地よい木漏れ陽と、時折吹く風に緑がざわめていた。
 母が言った。あれがコスモスよ。父が言った。綺麗だろ? 両親が口々に言った言葉は、しかし幼子には届いていなかった。つと顔を上げ、中空の辺りに目を彷徨わせながら、耳をすましている。どうしたの、と母が問うと、幼子は何か聞こえる、と呟いた。両親は顔を見合わせ、幼子と同じように、辺りに耳をすます。すると、かすかに鈴の音に似た囁きが聞こえた。父が言う。何の音だろう? 母が言う。鈴虫じゃないかしら?
 そのとき、幼子が目を輝かせて、コスモスの根に近いところを指差して、こう口ずさんだ。
「ちいさいあ~き~み~つけた」


 その少女は秋といった。手には刷毛とペンキ缶持ち、汚れないよう頭巾とエプロンを付けた姿に若干の羞恥を感じながら、長大な看板を前にして、半ば途方にくれていた。少女の周囲では人や物がごったかえし、かまびすかしい。
 少女は思う。なぜわたしがこんなことをと。たった一日休んだだけ。なのに間の悪いことに、その日は文化祭の役割を決める日だった。非常なる欠席裁判の翌日、告げられた判決を基に、少女はここに立っている。
 少女は裁縫が得意だった。趣味だった。本当なら、その特技を生かして、衣装係として存分に腕をふるっていたのに。沸々と怒りがこみ上げてくる。気の合わないクラスメートの顔がいくつか脳裏を過ぎった。ほくそ笑んだその顔を断ち切るように、少女は腕をふった。白いキャンパスに紅が散る。怒りにまかせて右に左に刷毛を走らせ、少女が息をついたとき、背後からクラスメートの声がした。
「なにこれ?」
 少女は皮肉な笑みをうかべてこう言った。「なにって、芸術よ」


 その紳士は秋といった。古びた文庫本に向けられた目はそわそわと落ち着きがなく、傍目にもその姿は本を読んでいるとはとても見えない佇まい。ジャズが流れる小洒落たカフェに、もう一時間も居座っていた。
 小洒落たマスターが入れた珈琲を、これまた小洒落たウウェイトレスが足音高く運び、既に三杯目を向かえようとしている卓に置いた。紳士はそっとカップを取ると、ちびりちびりと飲み、湯気で曇った黒縁眼鏡を三度拭う。
 茜色に染まった夕陽が窓から差し込み、紳士の顔の陰陽を浮かび上がらせた。緊張に固く結ばれた口元。張り詰めた頬を流れるひとしずくの汗。目はきょろきょろと忙しない。それは何かを待っている人の顔だった。
 紳士は眼鏡をかけ直すと、再び文庫本へと目を走らせた。しかしその目は一向に定まることなく、窓外をみやったり、腕時計にいったりと、やはり忙しない。その様子を、横目でちらちらと盗み見ていたウウェイトレスはこみ上げてくる笑みをかみ殺すことに必死だった。
 時計の針は亀のようでありながらも、着実に時を進め、夕食の頃合となり、ウウェイトレスは紳士が夕食をとるとは思っていなかったが、職業的義務感から伺いをたてにいった。
「何かご注文はありますでしょうか」
「いや、結構。そろそろお暇しようと思っていたところでね。それにしてもここのカフェはいいね。おかげで読書も捗った」
 紳士がそう告げるやいなや、ウウェイトレスはクスクスと笑い出した。
「なにがおかしいのかね?」
「だってお客様、その本、逆さまでございますよ」
 紳士はつかの間呆然としたあと、かっと顔を紅潮させ、そそくさと店を出ていった。


 その老人は秋といった。鼻をつく消毒液と微かな糞尿のにおいが染み付いた老人ホームの病室、その一角で、朽ちかけた木を思わせる老婆は腹を立てていた。誰もきやしない。薄情な親不幸ども。
 この日は老婆の誕生日だった。寝台の上にはケーキなどの食べ物がところ狭しと並べられている。下半身不随になり、老人ホームに入居してから、初めての誕生日。しかしそれが老婆の憤怒の源ではなかった。誕生日など、老婆にとってはまた一つ歳を取ったというだけのことに過ぎず、祝う気になどなれなかった。奇しくも同じ月日に生まれた孫の誕生日という意味合い以外は。
 老婆は実の娘のこの仕打ちに腹の虫が収まらなかった。目に入れても痛くないほど可愛がっていた孫。その成長の記念たる日に見合わせないとは。孫を思うと胸が疼いた。勝気な家系のせいか、悪戯好きのわんぱく坊主だったが、男の子はそれぐらいのほうがいい。孫を思うたび、暖かい慕情が溢れ、何の連絡もよこさない娘に対しては冷たい怒りがとぐろを巻く。
 老婆はやにわに、目の前の食べ物に躍りかかった。怒りを発散させたかった。なにかにぶつけたかった。餓鬼のごとく咀嚼しては飲み込み、貪り食った。
 全てを平らげたあと、老婆の頬を涙が伝った。誕生日という記念の日に、老婆があげた声はうれし泣きではなく、すすり泣く擦れただみ声だった。
 明くる日。いつものように看護師が朝の世話をしようと部屋に入ってくるやいなや、おはようの挨拶は途中で途切れ、笑顔は途端しかめ面となった。
「これは、一体どうしたんです?」
 老婆の病室は糞尿塗れになっていた。シーツや壁などの至る所に染みのアートが出来上がり、下水道もかくやな激臭が辺りを満たしていた。
「食欲の秋だよ。見事だろ?」
 看護師はふんと鼻をならし、外へ出ていった。そのあからさまな態度に、老婆は満足げにひとつうなずいた。
関連記事
スポンサーサイト

Newer Entry自信喪失という棘

Older Entryある種の熱に浮かされ連綿と綴った一織りの散文

 

Comments
Leave a comment








1234567891011121314151617181920212223242526272829303105 < >
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。