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お題バトン『時間』

 交差点の一角に、ひとだかりが出来ていた。トラックが横断歩道を半ばまでふさいでいる。白い白線には黒いタイヤ痕と、朝日を浴びて照りかえる色鮮やかな赤い飛沫が散っていた。誰もが一点を見つめていた。トラックの前輪に乗り上げられ、うつ伏せに倒れている女性を。腹部から両断されたように見える女性の手は、夥しい血に塗れたアスファルトを掻いていた。震える指が指し示す先にある便箋を、手繰り寄せようとするかのように。誰もが魅入られたように女性を見つめていた。遠くからサイレンの音が迫ってくる。女性の震える指が一瞬、空を掻いた。それが最後の命の灯火だったのか、ぴくりとも動かなくなった女性に、誰も近づこうともしなかった。





 夜空に橙色の花が咲いた。一つ、また一つと、口笛のような風切り音から、ドンと弾ける火花が咲く。夜空をキャンパスに描かれる一瞬の儚くも美しい光が、花火大会に居合わせた二つの顔を照らした。少女は決まり悪そうに俯き、少年は膝に置いたスケッチブックと夜空を忙しなく行き来している。
 少女は早く家に帰りたいと思った。せっかくの花火も、話した事のないクラスメートが近くにいるせいで、落ち着いて見ていられない。それに加えて、少年がスケッチブックを照らすために点けた懐中電灯の光に寄せられ、大嫌いな虫がぶんぶんと耳障りな音を立てる。少女は段々腹が立ってきた。
 怒りの念を込めながら、ちらと少年を見遣るも、少年は黙々と筆を走らせている。そのとき、少年が花火を描いていないことに気づいた。花火じゃない。何か別のモノを書いている。少女は長い髪をカーテンに、心持ち首を傾けた。なんだろう? まだよく見えない。もう少し。あと少し。ぼやけた輪郭がカタチを帯びてきた。あれは動物? 一体なんの? 好奇心が少女の顔を真横に向けさせた。
 それはどうやら蛇のようだった。花火の尾の一つ一つが、蛇となって空を駆けている。
「なんで?」
 少女は思わず口走り、あっと口を塞いだ。少年はその声にびっくりしたあと、見られていたことに恥ずかしさを感じたのか、顔を俯け、ぼそりと呟いた。が、そのか細い声は花火の音に紛れて消えた。
なんて言ったんだろう? 少女がもう一度聞き返そうか迷っていると、少年が再度呟いた。
「龍だよ」
「竜? 蛇じゃないの?」
「日本の龍は蛇みたいな姿をしてるんだよ」
 少女はそう言われて、記憶の澱から東方の龍の姿形を思い出した。
「でも何で龍なの?」
 少年は恥ずかしそうに俯いて、「なんとなく」と答えた。そのとても内気そうな様子が、少女に親近感を抱かせた。私とおんなじなんだ。その思いが、言葉となって内気な殻を破った。
「私もよく絵を描くんだよ――」
 花火大会が終わるころには、二人は友達になっていた。少なくとも、少女はそう思っていた。





「もうすこしだよ。ほら、あともうひとふんばり」
 果てしなく続いていくように思えるくねくねとした山道を登りながら、少女は、前を歩く少年のあからさまな高揚に皮肉な笑みで答えるのが精一杯だった。酷使に慣れていない足腰が悲鳴をあげる。こんなことなら来るんじゃなかったと思いながらも、少女の足は止まる事はなかった。
 少女と少年を繋ぐのはいつも絵だった。少年の情熱に導かれるまま、少年の行くところ、至る所へ付いて回った。あるときは森へ。あるときは海辺へ。その他種種雑多な場所を経て。そうして今、中学受験を控えた冬休みに、羽を伸ばしたいという少年の赴くまま、中学校の裏山の、絶景だという場所へと向かっていた。
「ねえ、ちょっと休まない?」
「あとちょっとなんだよ、もうちょいなんだって。それに、こういうのは一気に登った方が楽だよ」
――分かったわよ。そう吐き捨てたと思った言葉は荒い息となって白い気を立てた。女の子らしい足取りなんか気にしていられない。どすんどすんと音を立てて一歩一歩前進する。そのことにいつしか気を奪われていて、少年の声に気づかなかった。
「――おーい。だいじょぶか?」
 もちろんと少女は返し、少年を見ると、何故か笑みを浮かべて右手の方を指し示している。
「なによ?」
「ここだよ。ほら、すごいだろ」
 少年の指し示す先は、そこだけちょこんとひらけた崖だった。猫の額ほどのスペースに、何故か学校の椅子が置いてある。眼下には海まで見渡せる壮観な景色が広がっていた。思わず目を瞠る。
「わお。ほんとにすごいね」
「だろ? さあ、スケッチスケッチ」
 それからはただスケッチに没頭した。筆を振るう間、言葉はいらなかった。景色と、互いの存在があれば十分だった。それは二人の習慣であったが、少女は近頃、少なからず悪習ではないかと思い始めていた。
 午後にはサンドイッチを食べながらおしゃべりに花を咲かせたが、次第に会話はとりとめのないモノになり、やがて少年はうとうとと船を漕ぎ出した。
 やがてすっかり寝入ってしまった少年に対して、少女はつと顔を合わせた。少年の髭とは呼べない産毛がこそばゆくて、少女はひとしきりその感触を楽しんだ。





――美大に行こうと思う。そう告げられても、少女は驚かなかった。閑散とした美術室の一角、キャンパスを前にした少年の背中は、固く貼り詰めていた。
 応援すると少女は言った。だけれど、一緒に行くとは言えなかった。少年が目指している美大は一流だった。少年には情熱があった。しかし、少女にはそこまでの情熱はなかった。
 少年が夢を追いかけ始めたときから、二人の間に目に見えない壁が出来た。これまで一分の隙もなかった二人の間に、違和感が生じた。少女はそれが悲しかった。
 少年は徐々にナーバスになっていった。一人にしてくれと、背中が語っていた。態度が訴えていた。言葉にはならない遠慮が、一緒に行きたいと願う少女の声を押し殺した。互いを固く縛り付け、互いを結束させたつながりが、今は忌まわしく思える。
 少女は初めて少年に疎ましがられていた。その拒絶が恐ろしかった。一緒に行きたいと言えば、少年は受け入れてくれるだろう。けれど、変わってしまった今の少年に、どう接すればいいのか、少女は分からなかった。少年の心から追い出されることがコワかった。
「今日はもう終わりにする」
 少年の帰り支度を手伝いながら、少女は今日が終わった事にほっとした。と同時に、明日の訪いに怖気をふった。





 少年の手紙はいつも味気なかった。絵画では繊細なタッチを誇る筆も、対象が手紙では能力を発揮できないらしい。文面にはつらつらと近況が書かれてあった。仕事のことや生活のこと。かつての少女にとって、少年は今も少年のままだった。もう何年も会っていない。こうして手紙だけのやりとりを続けて何年になるのだろう。待つ事にはもう飽いた。既に心は決まっていた。有給休暇もとってある。準備は万端だ。
 かつての少女は思いの丈を綴った。書きながらふと思った。手紙より、わたしが先に着くかもしれない。直接わたすのも面白い。どんな顔をするだろう。びっくりするかな? びっくりするよね? 笑む女の顔はかつての少女に戻っていた。





 這おうとして這えない。指は虚しく空を掻く。虚ろな目の先には、女が求めてやまない何かがあった。来る日来る日も、闇に覆われた世界で、唯一の光芒である何かを求め、這い、掻き、一向に縮む事のない道なき道を追い縋る。それが女の世界であった。来る日も来る日も、這い、掻き、追い縋る。
 終わりの見えない煉獄の闇。ただ在るのは唯一の光芒と、それを追い求める意識の世界に、何かが過ぎり、女は背けることのなかった光芒から目を逸らした。闇を蠢く物体が徐々に輪郭を持ち始める。
 それは悲愁が陰を落とした男の顔だった。男の佇む姿はつかの間、女に光を与えたかに見えたが、たちまち闇が覆い潰した。
 女は這い、掻き、追い縋る。終わりの見えない闇の世界で。女は今日もまた、這い、掻き、追い縋る。


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VIPでテキストサイトやろうぜから羊の水海さんより頂いたバトン。精一杯、丹精込めて排泄させていただき、真にありがとうございます。次のバトンが誰に渡るのか。それはこちらでお確かめください。
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