散文誌

日記・小説

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Category: 日想  

つい今し方、背中に張り付きそうなほど飢えた腹に飯粒をかきこみ、人心地ついて一言、「あぁ食った。満腹だ」と満足の声をあげたのですが、ここ最近、向上心なるモノが芽生えつつある僕の中に、「ちょっ、待てよ」と、ある一つの疑問が湧いてきました。

この程度の飯で、おまえは満足なのか、と。満ち足りるのか、と。

この程度の、飯。白米、缶詰の魚の蒲焼き、即席味噌汁が並ぶ食卓は、確かに、この程度の飯、と吐き捨てることの出来る献立です。しかし、飢えたジャッカルと化した僕には、この程度の飯でも充分すぎるほどでした。それはなぜか。腹が満ちればいいと思っていたからです。内容は問わない。飢えを満たせさせすればいいんだ、と。ですがこれでは、本能を満たしただけと言えるでしょう。上昇志向に目覚めつつある新しい僕には相応しくありません。だって考えてみてください。本能さえ満たせば満足などと、それではまがりなりにも霊長類のトップに君臨するホモサピエンスの行いとは思えないではありませんか。動物に等しいただの獣だと、自分で自分を汚辱しているのです。そう思うと、沸々と過去の自分に怒りが湧いてきました。何をやっているんだと。行動名詞にことごとく「惰」の付く行いばかりしてきた自分を叱ってやりたい。罵ってやりたい。このっ、このぉ、と、一足数万円はする革靴で顔を踏みつけてやりたい。しかし、そうして血反吐を撒き散らして気絶した過去の自分を前にして、僕は僕自身に手をくだせるのでしょうか。人を形作るモノは過去です。連綿と続く記憶の織物が、僕という存在なのです。それをすっぱり断ち切ってしまったら、果たして僕は僕でいられるのでしょうか。

お前のような奴がいるから戦争は終わらないんだ、死んでしまえ! と、カミーユがいみじくも言っていたように、腐った根を取り除かない限り、この堕落と向上の存続を賭けた戦争は終わることはないでしょう。この相容れない二つの要素を共存させうるとするならば、時間割を決めて、一日の行動を徹底的に縛るしかないのではないでしょうか。自己を完璧に律することのできる、ロボットのような人間。それが、僕が見出した自己のあるべき姿なのでしょうか? ……とてもじゃありませんが、そんな人間に成れる自信などありません。

そもそも、食事の贅貧の話が、なぜここまで大きくなってしまったのでしょうか。どうせ腹を満たすなら、良いモノを食おう。ただそれだけの話じゃありませんか。

「一生の間、食事を何回取れるかと考えると、そう多くはない。なら、毎回美味しい食事を取ろうじゃないか」

そう、嵐の櫻井くんが言っていました。僕もそうしようと思います。ちゃんっちゃん。
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