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VIPでテキストサイト共通テーマ『踊り』

踊りといえば盆踊り。日本人なら当然の感覚、認識だと思われるが、近頃は町内会などで催される縁日特有の行事も、絶えて久しいところもあるとかないとか。そういった話を聞くと、どことなく寂しい気持ちになるが、永遠に続くモノなどこの世にありはしないのだから、致し方ないのかもしれない。興亡という語が示すとおり、何かが興れば何かは亡ぶモノなのである。

そうして亡びゆくモノの影で、新しい何モノかが胎動しはじめるのも、世の常なのだろう。どうやら現在の学校では、授業にダンスなる科目があるらしい。が、意味が分からないと思うのは僕だけだろうか。そんなモノはやりたいやつが嬉々としてやればいいだけであって、授業という名の強制にして学ばせる代物ではないだろう。そもそもダンスとはどんなダンスなのか。クラシックバレエ、モダンバレエ、ヒップホップ、レゲエ等々、両手に余るほどその種類は多く、たかがダンスといえども世界は広いのである。そういった種種雑多なダンスの中から、一体なにを基礎として学ばせるのだろうか。そもそもダンスの基礎とはなんなのか。一般的にはバレエだといわれているが、あんな固っくるしいダンスを、低学年か高学年か、何年生から学ばせるのか定かではないが、気が多く散漫になりがちなfucking kidどもに教え学ばせることなど出来るわけがないじゃないか。第一、誰が教えるというんだ? 体育大出の体育教師にダンス教育などとうてい無理、じゃあ専門の講師を雇いましょうねって、おい文部省! 血税をそんなくだらないぃ、云々。これはサンデーモーニングのご意見番こと大親分の故・大沢啓二ならずとも、「喝っ!」と言わざるをえない案件である。

さて、突然ですが盆踊りの思い出について語ってくださいと、この何とも言えない読感を変えるため、僕の中のリトルマーメイドが囁くものですから、突拍子もなくあいむそーりーなわけですけれども、思い出について、語ってゆきたいと思います。

海馬から盆踊りという語を抽出し、それからくる、最古の記憶を手繰り寄せてみたところ、思い浮かぶのは、なにやら賑々しいお祭りの情景と、私の手を握っているおばあちゃんの、枯れ木を思わせるしわっしわな手でした。私はたぶん、六歳か七歳。おばあちゃんが、賀寿でいう古希にさしかかった年齢で、「あんたの歳で割ればおばあちゃんは十歳ぐらいだよ」などと呆けたことを言っていましたので、まず間違いないと思われます。
そんなおばあちゃんが、私は好きではありませんでした。勝気で気難しく、事ある毎に小言を言わねば気がすまない、世間一般の嫌な姑像を丸写しにしたような荒い気性が、どちらかといえば繊細な私の気性に合わず、おばあちゃんを思い出すたび、季節毎の長期休暇に祖父母の家へ行くのが嫌で嫌で堪らなかった苦い記憶を想い起こします。
子は親に似ると言いますが、私の母も荒い気性で、姉も近いモノがあり、その子である姪も、どうやら根は荒いようで、ここまでは格言然もあらんといった感じですが、翻って私を含む男系を見てみると、尻に敷かれる気弱な男ども、といった按配で、どうも我が家系に限り、上記の格言は女系にしか通用しない話ではないかと、私は思います。

話を戻しましょう。記憶の中の賑々しいお祭りとはまさに盆踊りの最中で、私はおばあちゃんに手を引かれ、輪になって踊るあの奇妙な集団の中にいました。奇妙な音楽と集団の動きにつられ、おばあちゃんは陽気にはしゃぎ、どことなくぎこちない私を半ば引きずるようにして踊り歩きながら、盆踊り特有の民謡をうたう。
そんな極々普通の盆踊りの情景が、なぜ記憶に残っていたかというと、私の町の盆踊りは幾分変わっていたからだと思います。通常、盆踊りは中央に櫓を置き、その周りを輪になって踊るモノです。その点は変わりないのですが、規模、というか範囲が広大でした。というのも、盆踊りなどの行事がおこなわれる私の町の公園は、大きな池、というより小さな湖を囲んだモノで、学校の校庭の二倍はありそうな、広大な公園でして、湖の中央には、コンクリで拵えた人工島があり、湖のほとりの公園からは四方にアーチ状の橋が架かっている、そんな公園で盆踊りともなれば、奇異に映るのも無理はないというモノです。
さらにおかしなことには、余りにも長大で間延びしているからか、盆踊りのときには、四方に架かる橋の入り口に櫓を立てて、その一段高くなった舞台で、老若男女が創作舞踊を踊っていたこと、でしょうか。
創作舞踊とはいっても、凝ったモノではなく、単に様々な曲に合わせて思い思いに踊るだけなのですが、私がこのときの盆踊りを覚えている大もととなった踊りだけは、ある種芸術的だったのではないかなと思います。

思い返せば軍歌と分かる、しかしはっきりとは思い出せない、節ばった曲調にあわせて、しなびた柿を思わせるおじいさん達が、波打ち際に漂う海藻のようにウニョウニョと動いたかと思えば、錐形に並び、勇ましく行進する。今想えば艦船を想起させるその踊りは、なんというか奇妙な動きでありながら、なんとなく目を奪われる、そんな踊りで……。もっと記憶が鮮明なら詳細に書けるのですが、なにぶん昔のこととて、断片的にしか思い出せず、あの、子供心にも琴線に触れるような不思議な踊りを文章化できないことに苛立たしさを感じながら、私はそっと筆を置き、綴る手を止めてしまったのであった。
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