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日記・小説

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狩人の葛藤

こんな深夜に更新なんて珍しい事この上ないのですが、なにせね、さぁ寝ようというときに巨大Gが出没し、奴を殺さねばとてもじゃないが眠れない、ってことで、こんな時間まで起きざるをえなかったわけなんですけれども、しかしね、毎度思うんですが、当然殺される覚悟で我がテリトリーに侵入を試みたくせに、あんだけ必死こいて逃げ回るとは一体全体どういう了見なんでしょうかね?
いやいや、虫ごときが人間様のように思考できるとはこれっぽっちも思ってはいませんよ? でもね、ふと思ったんですよ、こいつ、もしかして……なんてね。もしかしてもしかしちゃって、てめぇおちょくってんじゃねぇのか、なぁんてね、ええ、ふっと思っちゃったわけでしてね。ほら、輪廻転生ってのがあるじゃないですか、あれ、もしかして……なんつってね。いえいえ、本気で考えてたわけじゃぁございません、もぉしぃかぁしぃたぁらぁ? ぐらいの、かる~い気持ちでね、ちょいと四方に目を配りながら、その辺のことだいぶ脱線しながら、まぁぐだぐだ考えてみたんですよ……。



普通の人間は理解できないモノに直面すると、恐怖を感じたり、拒絶反応を示すもんだ。理解を拒む。それは己れの培ってきた常識や世界観を壊しかねない危険な代物だと、自己保全の本能が告げるからである。人はそれまで信じ、積み重ねたきた慣習という名の自我を、急激な変化から守るために遠ざけようとしてしまうモノなのだ。特に自尊心が強く、愚かな人間は自分の尺度でモノを考え、行動する傾向にある。しかもそういう人間に限って、権力の高みに昇ってしまうことは歴史が証明している。
だからこそ人類の歴史に愚は尽きない。

さてここで一つ、仮定の話をしてみよう。もしも僕が、あなた方の子供であり、人間でない異質なモノだったとしたら、あなた方はどうするだろうか。もちろん仮定の話ではあるが、真剣に考えてみて欲しい。そしてあなた方にとって、僕という存在は愛すべきモノだったとしたら。あなた方は僕に対して恐怖を感じ、拒絶するのだろうか。それとも、愛ゆえに異質である僕という存在そのモノを受け入れようとするだろうか。または愛ゆえに、拒絶しつつも何とか元に戻そうとあらゆる手を尽くすだろうか。はたまた、愛ゆえに僕を始末しようとするのだろうか。

どの方法も、愛ゆえの行動であることをまず断っておきたい。たとえ自己本位な愛だったとしても、それは愛である。人間でない異質な僕という存在を受け入れ、人間同様愛そうとするのは薔薇の愛だが、僕は成長するにつれ様々な困難に遭い、障害に道を阻まれるだろう。親の愛と世間の冷遇、その対比が大きければ大きいほど、僕はとても辛い思いを味わうことになるのは明白です。そして目ざとい政府機関は僕という存在の秘密を暴こうと拉致監禁しては生体実験なり行うと画策する、ということはニック・ハロウェイの例を挙げるまでもないでしょう。人間は欲望のまえには忠実です。人類の発展ないし科学の進歩という煌煌しい建前のために、僕は人身御供に等しい状況に置かれることは明々白々でしょう。「人生は人間に、大いなる苦労なしには何も与えぬ」とはホラティウスの言ですが、僕はあいにく人間ではありません。異質な何モノかなのです。苦労したところで得られるモノはほんの一握りの幸せと、実験動物としての末路。それが愛ゆえの結末だとするならば、なんという皮肉でしょうか。

愛ゆえに元に戻そうとあらゆる手を尽くそうとしても、上記の運命と大して変わらぬ末路を迎えることでしょう。
では、愛ゆえに僕を始末することはどうでしょうか? 別の愛し方をしても、上記のような末路を迎えるのならば。そうならば、いっそのこと、親の手で、愛するわが子を今生の苦しみから救うことも一つの愛の為せる技です。子殺しは大罪です。しかし、辛く苦しい運命を背負うわが子はみるに忍びない。ならばいっそのこと、この手で……っ!

そうして僕はようやく現れたGを叩き潰し、遺体現場の殺菌消毒を済ませ、メモ帳をそっとGするのであった。
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