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バートン氏と死の病

ジョーダン・パードン氏をご存じだろうか

あのインディジョーンズのモデルといわれている人物である

アメリカの民族学者兼冒険家である彼は、その50年に及ぶ生涯をインディアンの為に費やしたといっても過言ではないだろう

アーケイディアンの風習が色濃く残るバイユーに生まれた彼は、幼い頃両親を事故で亡くし、有名なシャーマン(バイユーではトュレテールと呼ばれている)だった祖母に引き取られた

シャーマンとは、簡単に言えば病魔を取り除く特別な才能を持った人間の事であり、その才能は成長するとともに自然に身につくもので、遺伝によって受け継がれるといわれている

彼にはシャーマンの才能は受け継がれなかったが、幼い頃から祖母の不思議な力を見てきた為だろう、彼にとって魔術的な力はごく親しい存在だった

だが大人になるにつれ、彼には当然の存在だった魔術は、その素養も見聞も無い一般人には懐疑的にみられている事を知ることになる

後に彼は当時を振り返り、

「実際に見もしないのに、科学的に証明できない魔術など信用できない、と言う彼らの偏見に満ちた許容の狭い頭には、失望し憤慨した」と語っている

その時の悔しさがきっかけで、世に魔術の信憑性を高め、弘めようと学者を志すようになった彼は、オカルト関係のライブラリーで有名なミスカトニック大学に入学した

時とともに知識を蓄え、やがて大学を卒業した彼は、各地に遺る魔術的な民話や風習を収集する旅に出る

その旅の途中、彼は様々な怪事件に遭遇するのだが、長くなるので省き、ここでは彼が志半ばにして早逝する原因となった最後の事件をご紹介するに留めしよう

尚、詳細を知りたい方は彼の話集「シャーマニズム」をご覧いただきたい

彼の最後の事件の舞台となった場所は、カナダはオクラホマ州アルゴンキン地方にある、ウーンデットニーの森と呼ばれる森林だった

15万平方メートルという、東京ドームが三棟は入る広大な森林の周りには湖が広がっており、その特殊な地形から、陸の孤島とも呼ばれている

その森の中には先住民族であるアルゴンキン語族の一部族であるクリー族の集落があり、慎ましく暮らしていた

彼らにとって恵みを与えてくれる森は神に等しく、神聖なものだったのだが、ある者の出現によって、その信仰にも均しいしきたりは変わってしまう

歴史を振り返れば解る通り、どんな民族にも異端者は現れるものである

事件の起こる百年ほど前のこと、代々のシャーマンを輩出してきた家系に、その異端者は生まれ、ピサロと名付けられた

当代シャーマンであるピサロの父は、初老に差し掛かった年齢で得た初めての男子に喜び、他の子供達がそろってシャーマンの力に目覚めなかった為か、期待も大きかったのだろう、ピサロを赤子の頃から後継者として育てようとしたため、家族から窘められた、という

そんな父の願いを精霊は聞き入れたのか、幼い頃からピサロはシャーマンとしての素質を発揮し始め、その素晴らしい才能を目の当たりにした周囲の大人達から、精霊の子と持て囃されるようになる

まるで王子のように大切に育てられてきたピサロが、15歳を迎えた時、父である当代シャーマンが亡くなった

アルゴンキン語族の間では、シャーマンは族長も兼ねる終身職務であり、シャーマンとしての力を使うのを許されるのは、当代シャーマンと後継者に指定された人間のみ、と定められている

それは、シャーマンを増やし、精霊の力をむやみに借りれば、精霊の怒りを受けると彼らは考えていたからであり、族長を兼ねるのは、精霊から予言を授かる者として、部族の安寧を図る上で好都合だからだ

シャーマンとしての能力、人気から、ピサロは自分が次のシャーマンに就くと、信じて疑わなかった

だが、ピサロが生まれる前の後継者だった父の弟、ピサロにとっては叔父に当たる人物が、自分こそ次のシャーマンに相応しい、と主張し始めたことによって、事態は変転を迎える

最初の内は、ピサロ側が優勢だったのだが、叔父がピサロの若すぎる年齢を逆手にとり、若者に部族の未来を背負えるのか、と言い出すと、大人達は徐々に叔父に賛同し始め、それを見たピサロが自己を通そうとすればするほど、思慮の浅さ、許容の狭さが目立つ悪循環に陥り、とうとう叔父がシャーマンに就くことが決定してしまった

しかし、子供の頃からなにかにつけて持て囃され、挫折を経験したことの無いピサロには、自己の主張が覆されることにどうしても我慢がならず、部族の反対を振り切り、取り巻きの若者達を連れて自分の部族を作ってしまった

叔父側としては、ほとぼりの褪めるのを待つ所存だったようだが、ピサロ側が縄張りを広げようとし始めたために、そうもいかなくなる

最初は言葉によるいがみ合い程度のものだったのだが、次第に暴力へとエスカレートし始め、とうとう、血気盛んな若者の一人が、叔父側の人間を誤って殺してしまい、対立は決定的に深まってしまった

それからは、血で血を洗う抗争の始まりである

若者を中心に体力で勝るピサロ側だったが、いかんせん数に差がありすぎた

劣勢に立たされたピサロは、シャーマンの力を駆使し始める

その強大な力を前に、逆に劣勢に立たされた叔父側は、他部族の族長達に呼び掛け、連合を結成する

多勢に無勢の四面楚歌に追い込まれ、恐慌に駆られた若者達は、ピサロに降伏を求めるのだが、敗北を認められないピサロは、禁忌とされる悪霊ウェンディゴの力を借り、若者達を死兵へと仕立てあげてしまう

ウェンディゴとは、アルゴンキン語族に伝わる、氷の精霊の名である。人間に憑依し、人肉を好んで食する悪霊であり、憑依された者は、次第に精神がウェンディゴそのものに変異していき、人肉を喰らうことのみに執着する人非人と化す、という

その常軌を逸した悪魔のような所業に、ピサロはいつしか、アルゴンキン語で悪魔を意味するデスを冠付け、デス・ピサロと呼ばれるようになる

そうしてウェンディゴと成った若者達は、槍で貫かれても、弓で射ぬかれても、死ぬまで動きを止めなかったという

その地獄絵図のような光景に、アリア・スタークの名言「恐怖は剣よりも深い傷をつくる」という言葉通り、恐慌に陥った連合部族は、不可侵条約の名の基に静観していたカナダ政府に救援を求めた

銃火器を手にした軍人達を前にしては、さしもの人非人共も歯が立たず、銃弾を浴びては次々に倒れていくなか、デス・ピサロは全く前線に姿を現さなかった

後ろに死体の山を残した軍人達がピサロの集落に踏み込むと、広場の中央に、仲間の死肉を貪りながら恍惚の表情を浮かべるデス・ピサロを発見した

邪悪な意図で魔法をかけた反動により、ウェンディゴに成ってしまったと思われる。将来を渇望された人間の、私利私欲に走った、哀れな末路といえよう

それを見た軍人達はすぐさま発砲し、デス・ピサロの息の根を停めたのだが、その際、軍人達はデス・ピサロの背後に、一瞬、奇妙なものを見たという

ある者は身の丈三メートルを越える毛むくじゃらの巨人を見たと言い、ある者は体中に目が付いた小人を見たと言う

不思議なことに、皆様々なものを挙げ、誰一人合致する者はいなかった

それが一体なんだったのかは分からない、が、幻覚ではないことだけは確かだろう

これが歴史上最後といわれる、政府とネイティブ・アメリカンの最後の衝突「ウーンデットニーの惨劇」と呼ばれるものの全貌である

この陰惨な出来事を契機に、クリー族のしきたりは一変する

激しい戦いのせいで荒廃した森の再生を願い、解き放たれた悪霊ウェンディゴを鎮め、ウェンディゴと成ってしまった憐れな霊魂を供養するようになった

平和は訪れたかに見えたのだが、祭事を司るシャーマンが奇妙な病に罹るようになる

初期は自覚症状のないこの病は、進行すると、やがてその人物は通常の食物を一切拒絶するようになり、会話や身嗜みといった、生活に不可欠な能力を喪失する

そして体が内側から凍えるような感覚と、めまぐるしい気分の変化に苛まれるのだが、このような状態に陥った者は、厳重に拘束されねばならない

放っておけば、家族や隣人を襲い、その肉を喰らいかねないからであり、有効な治療法の無いこの病に罹った者は、殺すしかなかった

そう、つまりウェンディゴに憑依されたのだと思われる

数年に一度、シャーマン達はこの病(憑依)で命を落とさざるを得なくなり、クリー族にとってのシャーマンは、一種の人身御供のような存在となってしまう

そうして月日は流れ、緩やかに滅亡へと進むクリー族の下に、ジョーダン・パードン氏はやって来た

ここからは、あまりにも情報が少ない為、詳細を書くことはできず、結論のみとなること、ご容赦願いたい

彼はウェンディゴに憑依されながらも、クリー族を救うためだろう、森を焼き払うことによって悪霊を浄化しようとした後、「私は、私自身が死ぬ前に、私を殺さなければならない」そう手記に書き残し、彼は自殺を遂げる

彼の死後、その手記に掛かれた内容によって、クリー族に関する問題が大々的に報道されることになる

その奇妙な病魔の事を、デス・ピサロが駆使した悪霊、ウェンディゴからとり、ウェンディゴ病と呼ばれるようになった

クリー族は森を離れず、森の再生に努めているという

森を焼き払ったことにより、ウェンディゴ病は無くなったのかどうか、その判断を下すのは時期焦躁だろう

ただし、今の所は発症していないようである

これで、この話は終わりであるが、一度、考えてみてほしい

ウェンディゴ病が、地域社会の異常行動の一種か、それとも本当に悪霊による憑依なのか、を




長くなったが、ここまで読んでくれてありがとう

最後は、パードン氏が演説などで頻繁に使用していた名言で締め括ろうと思う

彼の偉大なる功績に感謝し、冥福を祈って



「私の名前はジョーダン・デス・Par-don。真実は我が名の中にある」
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